心をすくう二番目の君

その眼光に吸い込まれそうで、胸が苦しくなった。
縋り付いてはいけないと思い直す。
この人には彼女が居て、明日は誕生日で、長い休暇の始まりで……今夜を一緒に過ごすのかもしれない。

『今晩予定ありますか?』

余程訊いてしまいたかった。
言い出せなかった唇は、口角を上げ挨拶を絞り出した。

「……お疲れ様でした」

最大限の微笑みを返したつもりだったのに、彼の睫毛が再度ゆっくりと上下した。

「……どうした?」

言われた台詞に驚いて、僅かに目を見開く。
無意識に理性が働いたのか、考えるよりも前に口を突いて出た。

「……どうもしません」
「……そう……」

心の中でホッと安堵の息を吐いたその瞬間、緩んだ気持ちを引き戻されてしまう。

「……は、見えないんだけど」

真っ直ぐな眼差しで口を開いたかと思うと、じっとわたしの返事を待っている。
目頭が熱く、瞬きを何度も繰り返してしまう。
見ていられずに目線を下げると、彼の紺色のジャケットが映り込んだ。

人には見えない死角で、その裾を掴んでしまった。
顔を俯けたまま、震える手が滲んだ。
中薗さんだけがその様を見つめていた。

「……この後、飯でも行こうか?」

頭上から静かな声が聞こえた。
思ってもみなかった宥める言葉に、反射的に顔を上げる。
涙が溢れてしまっていることに気が付き、焦って拭い取った。

「お菓子貰っちゃったしな。お返ししないとね」

そう呟いた顔は、微笑みを湛えて見えた。
だけど何処となく儚げだった。

何故、大切な今日をわたしと過ごすんだろう。
そう過ぎらせながらも、止めることはしなかった。

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