心をすくう二番目の君

右手を持ち上げたまま、気遣わしげな顔を見上げて考えていた。
彼はその手を取ったかと思うと、指先で札を握らせた。
初めて触れ合った手から、想いが伝ってしまいそうな錯覚を起こして、すぐに引っ込めた。
ひやりと冷たい指先の感触が消えずに、胸に刻まれてしまう。

「……ご馳走様でした」

これ以上食い下がるのも失礼だと好意を受け取り、軽く頭を下げた。
気が急いて腕時計を確かめると、長針は40分を指し示している。

「とにかく何処か移動しよう。終電はまだ大丈夫だと……」

歩くよう促そうとする掌を背筋に感じると、離れ難くなりそうで、苦しい胸元から僅かに息を吐き出した。
だけどこの人を引き留めるわけには行かないと、心の奥から理性を呼び覚ます。

「駄目です」

きっぱりと告げると、漸くこちらを振り返った。
上手く行っていないのなら、気を遣う必要はないのかも知れない。
だけど、そういう問題ではない気がした。
見開かれた目と、視線を合わせた。

「……彼女……嫌だと思います。誕生日を迎える瞬間に、他の女と居たら」

それでも、中薗さんと彼女が恋人同士であることに変わりはない。

「……そっか。そうだな」

俯いて唇を結んでいると、前方から肯定の声が届いた。
視線を上げると予想よりも気負いのない、穏やかな佇まいで、心乱したのは寧ろわたしの方だった。
この人は感じていたよりも酔っていないのかも知れないと、気付けば推し量っている。

「あと15分あるから、それまでに電車乗ろうか。小椋さん確か、北の方面だよね」
「……はい」

行きと同じように、駅までの道程を言葉少なに歩いた。

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