そしてあなたと風になる
カフェバー"シャティ"では、その後、カクテルをもう一杯だけ飲んでから店を後にすることとなった。
『コーヒーにしておけば良かったかな』
最後のカクテルが効いたのか、まひるの足取りは少しふらついていた。
心配した千尋は、まひるのマンションまで送ると言って、最後まで付き合ってくれた。
タクシーを呼び出してからの待ち時間と、タクシー内での会話で、
『 独り暮らしをしている」
という話の流れから、まひるは外国にいる母のことを、千尋に話すこととなった。
父・勇造が亡くなってから、まひるはマンションで独り暮らしだ。
4日前からは子猫の"ちいちゃん"が同居している。
たった一人の家族である母・深雪は、現在イギリスでまひるの祖父母と暮らしている。
イギリス人と日本人のハーフである深雪は、勇造が建築に関する勉強のためにイギリスを訪れているときに恋に落ち、結婚。
日本へ来てすぐに、まひるを出産した。
日本語がうまく話せず友達もできない。
慣れない環境で、育児ノイローゼに陥った深雪は、まひるが2歳のときに、勇造にまひるを預けてイギリスへ戻っていった。
その後、まひるを育ててくれたのは、勇造とベビーシッターの金沢さん、"諏崎デザイン工房"の社員達。
小学校に上がったまひるは、学校が終わると、諏崎デザイン工房のプレイルームに行き、父を待つ間、さまざまなデザイナーから絵の描き方や、パソコンの操作方法を教えてもらった。
始めこそ、手取り足取り教えてもらっていたが、中学校に上がる頃には、一人でも十分に時間を潰すことができるくらいには
技術を身に付けていた。
もちろん、父方の叔母が嫁いだ神田家にもあずけられることが多かった。晴斗とは兄妹同然に扱ってもらっている。
「父は私の理想でした。強くて、優しくて」
「母は脆くて繊細だけど、離れていても私を気にかけてくれています。」
「父の影響でバイクに乗り始めたんですよ。小学生の頃からオフロードバイクをやってて。」
「それに、あのバイクは父の形見なんです。ツーリング中に風に吹かれていると、なんだか父に会えるような気がして。」
『なんでこんなこと話してるんだろう。』
出会ったばかりの人にこんなプライベートのことを話すことなんて。
今までこんなことはなかった。
真摯な眼差しが父に似ていて安心できるからかもしれない。
だんだんと、父のいない現実が堪らなく寂しく思えてきて、まひるの瞳に涙が溢れていた。
「そうか」
千尋はそれ以上のことは言わず、まひるの肩をそっと抱き寄せてくれた。
まひるも吸い寄せられるように、千尋の肩にそっと瞼を寄せた。
粛々と涙がこぼれる。
誰かの前で泣くのは、父が亡くなってから初めてのことだった。
マンションに着くと、一旦タクシーを待たせてから千尋はまひるを玄関まで送った。
「じゃあ、明日」
「また、明日」
夜風が涼しげに新緑を揺らしていった。
+++++++++++
玄関に入ると、まひるはすぐにシャワーを浴び、パソコンのスイッチを入れた。
いつもは帰宅後にチェックしている、社員からの伝言メールやクライアントからの返信が届いているはずだった。
パソコンが立ち上がる短い時間が待てずに、まひるはベッドにダイブした。
『にゃあ』
籠の中で、丸まってまひるの帰りを待っていた子猫のちぃちゃんが鳴き声をあげた。
まひるは、そっと痩せこけた子猫の体を抱き上げる。
その姿は、ひとりぼっちの自分と重なって見える。
「ちいちゃん、遅くなってごめんね。」
「千尋さんは、一見怖そうに見えるけど、すごく優しいよね。」
子猫を抱いていたあの日も同じ事を感じたが、今日は確信に変わった。
優しく抱き寄せて泣かせてくれた気持ちが暖かくてほっとした。
「明日は千尋さんと一緒に横浜だよ。ちいちゃん、よろしくね。」
明日を待ちわびるというのは、何年ぶりのことだろう。
まひるは、溜まっているメールの確認もおろそかにして、子猫のちぃちゃんを抱いて眠りについた,,,。
『コーヒーにしておけば良かったかな』
最後のカクテルが効いたのか、まひるの足取りは少しふらついていた。
心配した千尋は、まひるのマンションまで送ると言って、最後まで付き合ってくれた。
タクシーを呼び出してからの待ち時間と、タクシー内での会話で、
『 独り暮らしをしている」
という話の流れから、まひるは外国にいる母のことを、千尋に話すこととなった。
父・勇造が亡くなってから、まひるはマンションで独り暮らしだ。
4日前からは子猫の"ちいちゃん"が同居している。
たった一人の家族である母・深雪は、現在イギリスでまひるの祖父母と暮らしている。
イギリス人と日本人のハーフである深雪は、勇造が建築に関する勉強のためにイギリスを訪れているときに恋に落ち、結婚。
日本へ来てすぐに、まひるを出産した。
日本語がうまく話せず友達もできない。
慣れない環境で、育児ノイローゼに陥った深雪は、まひるが2歳のときに、勇造にまひるを預けてイギリスへ戻っていった。
その後、まひるを育ててくれたのは、勇造とベビーシッターの金沢さん、"諏崎デザイン工房"の社員達。
小学校に上がったまひるは、学校が終わると、諏崎デザイン工房のプレイルームに行き、父を待つ間、さまざまなデザイナーから絵の描き方や、パソコンの操作方法を教えてもらった。
始めこそ、手取り足取り教えてもらっていたが、中学校に上がる頃には、一人でも十分に時間を潰すことができるくらいには
技術を身に付けていた。
もちろん、父方の叔母が嫁いだ神田家にもあずけられることが多かった。晴斗とは兄妹同然に扱ってもらっている。
「父は私の理想でした。強くて、優しくて」
「母は脆くて繊細だけど、離れていても私を気にかけてくれています。」
「父の影響でバイクに乗り始めたんですよ。小学生の頃からオフロードバイクをやってて。」
「それに、あのバイクは父の形見なんです。ツーリング中に風に吹かれていると、なんだか父に会えるような気がして。」
『なんでこんなこと話してるんだろう。』
出会ったばかりの人にこんなプライベートのことを話すことなんて。
今までこんなことはなかった。
真摯な眼差しが父に似ていて安心できるからかもしれない。
だんだんと、父のいない現実が堪らなく寂しく思えてきて、まひるの瞳に涙が溢れていた。
「そうか」
千尋はそれ以上のことは言わず、まひるの肩をそっと抱き寄せてくれた。
まひるも吸い寄せられるように、千尋の肩にそっと瞼を寄せた。
粛々と涙がこぼれる。
誰かの前で泣くのは、父が亡くなってから初めてのことだった。
マンションに着くと、一旦タクシーを待たせてから千尋はまひるを玄関まで送った。
「じゃあ、明日」
「また、明日」
夜風が涼しげに新緑を揺らしていった。
+++++++++++
玄関に入ると、まひるはすぐにシャワーを浴び、パソコンのスイッチを入れた。
いつもは帰宅後にチェックしている、社員からの伝言メールやクライアントからの返信が届いているはずだった。
パソコンが立ち上がる短い時間が待てずに、まひるはベッドにダイブした。
『にゃあ』
籠の中で、丸まってまひるの帰りを待っていた子猫のちぃちゃんが鳴き声をあげた。
まひるは、そっと痩せこけた子猫の体を抱き上げる。
その姿は、ひとりぼっちの自分と重なって見える。
「ちいちゃん、遅くなってごめんね。」
「千尋さんは、一見怖そうに見えるけど、すごく優しいよね。」
子猫を抱いていたあの日も同じ事を感じたが、今日は確信に変わった。
優しく抱き寄せて泣かせてくれた気持ちが暖かくてほっとした。
「明日は千尋さんと一緒に横浜だよ。ちいちゃん、よろしくね。」
明日を待ちわびるというのは、何年ぶりのことだろう。
まひるは、溜まっているメールの確認もおろそかにして、子猫のちぃちゃんを抱いて眠りについた,,,。