扉の向こうはいつも雨
 ノックの音に心臓が縮み上がった。
 居なくなった桃香を宗一郎が探しているのかもしれない。
 息を潜めてジッとする。

 しかし扉は勝手に開けられた。

「やっぱりか。」

 声は塚田だった。

「診てやる。腕を出せ。」

 返事をしていないのにズカズカと部屋へ入った塚田は傷む腕に何かを施し始めた。

「あんた、自分がどういう立場か分かってるのか。」

 厳しい口調は沈んで底辺を彷徨う心にはきつい。
 もうどうにでもなれと口を開いた。

「生け贄。」

 盛大にため息をつかれて間違ったことは言っていないと心の中で意固地になった。

「そう言われて宗一郎がどう思うか考えたことはあるのか。」

 どうして怒られているのか納得できなくて反論するように言い返した。

「宗一郎さんに言ったことはありません。」

「屁理屈を言えと言ったんじゃない。
 態度に出てるに決まってる。」

 再び扉が急に開いて体を揺らす。
 扉を開けたのは宗一郎だった。

「涼司、お前ここで何してる!」

 宗一郎の荒げた声を聞くのは初めてで、再び恐怖に襲われた。

「診察だ。お前の嫁の健康も俺の務めだと心得ている。」

「言うことは……そういうことじゃ………ない………だろ。」

 宗一郎の怒りは視線が桃香に移って次第に驚きそして失望へと変わり、声が弱々しく消えていった。
 視線を落とした宗一郎は扉を閉め、部屋に入ることはなかった。





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