イジワル上司にまるごと愛されてます
 敦子が座席から身を乗り出して、柊哉を呼ぶ。柊哉は来海をチラリと見た。そのとき部長が財布から千円札を抜き出した。

「キミたちの家ならこれで帰れるね」
「いえ、部長」

 断わろうとする柊哉の手にお札を押しつけ、部長は言う。

「しっかりやりなさい。いいね」

 そうして柊哉の肩を叩いたかと思うと、部長は敦子の隣に乗り込んだ。

「ええっ」

 敦子の驚いた声に、部長の声が重なる。

「運転手さん、出してください」
「ぶ、部長っ、私っ」

 ドアがバタンと閉まって、敦子の声が聞こえなくなり、タクシーが走り出した。歩道に残された来海は、呆気にとられて柊哉を見る。彼もぽかんとした表情をしていた。

 タクシーのテールランプが車列に紛れて見えなくなり、柊哉は来海を見た。

「俺たちも……帰ろうか」
「そうだね。部長の厚意に甘えて」

 柊哉が走ってきたタクシーを止め、柊哉に続いて来海も乗り込んだ。来海を先に送ってくれるつもりらしく、柊哉は運転手に来海の住所を告げた。
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