イジワル上司にまるごと愛されてます
 来海は息が詰まりそうになり、ギュッと手を握った。大きく息を吸い込んで、彼を見上げる。

「会社にいる間は同期でも上司に当たりますので、社会人らしく敬語を使わせていただきます」

 柊哉はため息をついて自動販売機から手を下ろした。彼との距離が離れて、来海はホッと息を吐き出す。

 柊哉は横を向いて、右手で前髪をくしゃりとかき上げた。

「最低でも八年は駐在しろって言われてたのを、その半分で帰ってきたのに」

 来海は柊哉から離れるように、右側へと一歩移動した。

「そうですよね。それだけ早くイギリス支社を軌道に乗せられたってことですよね。さすがです。その手腕をぜひ日本でも発揮してください。では」

 来海はさっと身を翻し、輸入企画部へと猛ダッシュした。廊下に響く五センチパンプスのヒール音が耳障りだ。

(私、ぜんぜん大人になれていない。外見だけ取り繕っても、心が追いついていない。柊哉が残念がるような、大人のいい女として振る舞おうと思ってたのに)

 情けなくて、悔しくて……なにより悲しい。
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