イジワル上司にまるごと愛されてます
 来海はオフィスの前で足を止め、呼吸を整えてからドアを開けた。右側のシマの一番奥にある主任席に着いたとき、斜め前の席から美由香が声をかけてくる。

「雪谷課長、どうかされたんですか?」
「えっ、あ、じ、自販機の使い方を教えてほしかったみたい」

 来海が慌てて答えたとき、オフィスのドアが開いて柊哉が戻ってきた。大股で歩いて来海のデスクに近づき、右手に持っていたアイスティーの缶をデスクにトンと置く。

「忘れ物」
「あっ、すみません」

 慌てて逃げ出したので、肝心のドリンクを取り出すのを忘れていた。

 柊哉は来海の耳元に唇を近づけてささやく。

「このシステムならロンドンでも去年から導入してる」

 来海が柊哉の方を見ると、彼は片方の口角を引き上げてニヤッと笑った。来海は頬が瞬時に赤くなり、それを隠すように両手で頬を押さえる。

「買ったドリンクを忘れちゃうなんて、来海さん、お茶目ですね」

 美由香に言われて、来海はますます顔を赤くしながら体を縮込める。

「ホントだな、四年前から変わってない」
(わ、悪かったわねっ!)

 来海はキッと柊哉を見たが、彼は涼しげな表情で、一メートルほど離れた課長席に向かっていた。



< 10 / 175 >

この作品をシェア

pagetop