蜜月オフィス~過保護な秘書室長に甘やかされてます~
見当違いの方向から聞こえてきた兄の怒りの声に半笑いで振り返り、私はまた身を強張らせた。
「花澄さん、朝から絶好調ですね」
兄のその後ろに、呆れ顔で私を見ている佳一郎さんがいる。
「佳一郎さん」と出かけた声を、私は必死に堪えた。
どうしてここに彼がとも考えたが、兄がこのまま大枝広告との場に向かうのであれば、秘書である彼がここにいたとしても何もおかしくないということに今更ながら気付かされ、余計に恥ずかしくなっていく。
「花澄さん、おはようございます」
「お、おはようございます」
少しくらい照れを見せてくれても良いのに、彼はいつも通りの冷やかな眼差しで私を見つめ返してくる。
昨日のことが全て夢だったのかと思えるくらいに慌てているのは私だけで、顔を見るかぎり会えたことに喜んでいるのも私だけである。
思いを伝えあい、本物の恋人になれたのだから、昨夜自宅の門の前で「また明日と」別れたあとも、恋人関係は続いているはずなのに……ちょっぴり不安になってしまう。
「……まったく、佳一郎はポーカーフェイス過ぎるんだよ。いつも通りだから何もなかったのかと思ったのに、花澄は馬鹿みたいに浮かれてるし……いや。花澄の方が正常なのか? 佳一郎が人間離れしてるのかもな」