SKETCH BOOK


「馬鹿だよな。麻美は死んだのにさ、
 絵を描くことで麻美の未来を見た。
 麻美と笑い合う夢を見た。
 どうしてもやるせなくなった時、
 絵を描いて気を紛らわせてきた。

 それがあんな形で広まった瞬間、
 それはただの絵になった。
 
 分かってる。
 そんなこと分かってんだよ。
 麻美はもういないってことも、
 そんなの馬鹿げた夢だってことも。

 でも、魔法がとけたみたいだった。
 麻美が死んだ現実に引き戻された感覚だった」


橙輝はポツリ、ポツリと話し出した。


橙輝はずっと、この絵を描くことで
麻美さんと向き合っていたんだね。


絵の中の麻美さんと同じように息をして、
長い間ずっとそうやって生きてきたんだね。


絵を見ると、どれも麻美さんは笑っていて、
景色はどれも澄んでいて、


どれも絵のこちら側には橙輝がいたんだ。


そういう絵だったんだ。


それは何人たりとも冒すことのできない領域。


紛れもなく橙輝のためだけの世界だったんだ。


「橙輝、絵を描こう。麻美さんの絵を描こう。
 また描こうよ。そして息をしよう。
 大丈夫。あたしがいる。
 橙輝は一人じゃないよ。
 あたしが、いるから。だから、また描いてよ。
 夢でもいいじゃない。麻美さんに会いに行こう」


橙輝を座らせて、
手にしていたスケッチブックを取った。


真っ白なページを開いて、
自分の筆箱から鉛筆を取り出すと、
橙輝の手に持たせた。


描いて。橙輝。


息をして。


希望を見失わないで。


また、笑って。


麻美さんに会いに行こう。


麻美さんと笑おう。


もう一度、夢を見ようよ。




< 153 / 179 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop