SKETCH BOOK



橙輝はゆっくりと手を動かした。


ポタ、ポタっと、
橙輝の頬から涙が零れ落ちた。


描いている間の橙輝は涙を流して、
それでも愛おしそうに、


大切に手を動かしていた。


これでいい。


今は、麻美さんへの嫉妬心とか、
そんなのどうでも良かった。


ただ、橙輝が絵を描くことで息をする。


まっすぐ前を向いてくれる。


それだけでよかったんだもの。




「さよなら、麻美」




ポツリと橙輝が呟いた時、絵は完成した。


見てもいいのか分からなかったけれど、
あたしは絵を覗き込んだ。


絵はこの教室風景で、
一つの席に麻美さんが座っている。


麻美さんは後ろを振り返っていて、
やっぱり、笑っていた。


「ありがとうな。梓」


「ううん。あたしは何も……」


涙を拭って、橙輝はあたしを見て笑った。


やっと笑った。


今の今まで絶望に打ちひしがれていた顔をしていた橙輝が、
あのパパのような柔らかい笑顔を見せた。


それが嬉しくて、嬉しくて。


あたしもつられて笑った。







この日描いた絵は、
あたしと橙輝の秘密。


誰にも渡さない。


橙輝と麻美さんを守るんだ。


そう心に誓った。


たとえ橙輝があたしを見てくれなくてもいい。


そばにいるのはあたしなんだから、
あたしが守ってあげないと。


こうして橙輝のそばにいられるのは
あたしだけなんだから。



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