SKETCH BOOK



「誰?」


「あ、悪い。俺。入ってたのか」


「ごめん。すぐ出る」


橙輝の声がした。


橙輝は一言謝ると、洗面所を出た。


あたしも慌てて上がって服を着替える。


閉められたドアを開けると、橙輝が座って待っていた。


「橙輝もお風呂?」


「ああ。入ってると思わなくて」


「いいよ。出るとこだったから」


「サンキュ」


橙輝は笑って立ち上がった。


すると急にがくんと体が揺れて、
あたしの方に倒れ込んできた。


そのままあたしはしりもちをついて
洗面所に倒れ込む。


橙輝は覆いかぶさるように一緒に倒れ込んだ。


「いったぁ。橙輝、大丈夫?」


「……ああ。悪い、大丈夫か?」


「大丈夫だよ。どうしたの?
 また力抜けたの?」


「貧血かな。悪いな、
 怪我なくて良かった」


貧血なのかな?


大丈夫かな?


しばらく橙輝は体を起こそうとはしなくて、
そのまま倒れ込んだままだった。


どうしていいか分からなくてドキドキする。


「橙輝?どうしたの?」


「……梓」


「な、なに?」


橙輝にじっと見つめられる。


橙輝は男の子なのに少しいい匂いがした。


香水なんかつけてないよね?


何の匂いだろう。


とっても安心するような匂い。


そのまま倒れていたい気持ちと、
心臓が持たないから
どいてほしい気持ちとが葛藤する。


橙輝の目が見られないまま、
あたしは橙輝の言葉を待った。


橙輝はしばらくそのままでいたかと思うと、
ゆっくりと体を起こした。


しばらく倒れ込んでいたからか、
橙輝が離れると温もりが急激に冷めていく。


橙輝は体を起こすと
自分の手をじっと見つめていた。


「どうしたの?」


「なんでもない。俺、風呂入るから」


「あ、そっか。うん」


いきなり脱ぎ始めた橙輝から視線をそらして、
あたしは脱衣所を出た。


びっくりした。


今のは何だったんだろう。


本当に、橙輝は時々信じられないほど
大人びた目であたしを見る。


緊張して逸らしてしまうけれど、
その妖艶さにドキドキして


ますます好きになってしまう。


目を離せない魅力に気付き始めて浮かれていた。


この時はまだ、
あたしは事の重大さに気付けないでいた。





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