ツンデレ黒王子のわんこ姫
「黒田さま、ようこそお越しくださいました」

昼食を提供する料亭に着座すると、女将と支配人が二人の座席に近づいてきた。

「芽以がお世話になりまして」

ホワイト健琉が優しい微笑みで挨拶をする。

「お一人で寂しそうにされていたのでご主人が到着されて本当に安心いたしました」

女将と支配人も負けじと微笑みを返してくる。

「寂しそう,,,でしたか?」

「ええ、お部屋に閉じ籠られる位には」

芽以は、何故女将が居室に閉じ籠っていたことを知っているのかと驚いた。

「若い女性が一人で旅館に宿泊されることは珍しくありません。しかし、連泊となると話は別です。前金で宿泊費を払って頂いたので、こちらとしては問題ないのですが、何かあってはと、芽以様には少なからず注目させて頂いておりました」

女将の言葉を引き継ぐように、支配人の男性が言葉を紡いだ。

「到着してからは、どこにも出かけられず、暗くなっても電気がつかない。名物の露天風呂にも興味を示されてはいないようで、仲居も心配しておりました。ですから、ご主人がお見えになって、僭越ながら、スタッフ一同勝手に安心しております。失礼をお許しください」

芽以は、予想はしていたが、やはり訝しがられていたのだと苦笑した。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。こちらへは夜行電車で来ましたので少し疲れてしまって,,,。今日はこの後にでもお風呂を堪能させて頂きたいと思います」

「左様でございますか。それでは、我が旅館名物の家族風呂をご予約されてはいかがですか?大浴場にひけをとらない自慢の作りとなっております」

えっ?と、芽以は動揺を隠せない。

家族風呂というだけあって、それは健琉と二人で裸でお風呂に入ることを意味する。

「それは有難いですね」

芽以は更に驚いて健琉の方を見つめた。

ニコニコと微笑んでいるが、あれは何かを企んでいる顔だと思う。

「是非お願いいたします」

芽以は顔を真っ赤にして俯いた。

まだ夫婦ではない、と反論しようにも、はじめに夫婦と嘘をついたのは芽以自身である。

先ほど、本当に夫が来るのかと疑われていたとカミングアウトされたばかり。

ここは、黙って支配人と健琉の申し出に従うしかないと芽以は悟った。
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