今夜、シンデレラを奪いに
「結局私じゃ夏雪を守れないんだよね。能力的にも、腕力的にも。」


「守る?前提が逆だと思いますが。

昨日もシンデレラなどと言っていましたし、俺はそれほど頼りないですか?」


「頼りないとかじゃなくて。

………でもやっぱり夏雪は私の前に突然現れたシンデレラみたいだったよ。

私は結局、王子様にはなれなかったけど。」


納得しかねるような目を向ける夏雪に、「シンデレラの王子様がいるとしたら高柳さんだね」と付け加えると「気持ちの悪い例えは止めてください」とげんなりした顔をしている。



「そもそも、あのような人物に例えられるのは心外です。俺が思うに、あの女には主体性か足りません。」


「あははっ。全女子憧れの童話のヒロインに腹を立てないでよ。普通はシンデレラのこと『あの女』とか言わないから。」


やっぱり夏雪は変な奴だ。彼の仏頂面を眺めていると不思議と笑いがこみ上げてくる。


「そういう意味じゃなくてさ、借り物の立場なのに出逢った人を魅了して、記憶に残り続けるっていうこと。」


「そういうことなら昨晩の透子がそうです。

おかしな言葉遣いで水商売の女を演じていても、借り物の悪趣味なドレスを着ていても、俺を惹き付けることには変わりない。

良くも悪くも、あの姿の透子を忘れることはないでしょう。」


「…………王子様は人の服装と行動にケチつけたりしないと思うなー」


まだその事に文句を言うの、と恨みがましく夏雪を見上げると彼は楽しそうに笑っていた。


「その通りですね。俺は王子などではないし、透子もシンデレラと言うには随分と無鉄砲です。

やはり元上司で、元部下というのが良いのでしょう。」


「そう言われると辛いけど………上司らしいことは何もできてなかったし。でも考えてみれば副社長の上司なんて私に勤まる筈ないか。」


「いえ、十分過ぎるほどです。俺にはあなたの他に上司と言える人はいませんよ。」


「そうなの?

財閥の代表の人とか、うちの社長とかが夏雪の上司なんじゃないの?」


「彼らとの関係はお互いの仕事の成果が全てですから、意味合いが違います。

師弟のような上司というのはあなたが初めてだったんです。仕事の楽しさを伝え、時には叱り、仕事に悩みつつも前向きで、いつでも部下を守ろうとする。

あなたの部下の立場が本物ならどんなに良いか」


柔らかく微笑んで告げられた内容に胸が熱くなった。

夏雪が部下だった頃は自己嫌悪してばかりだったのに、そんなふうに見ていてくれたなんて。


「透子のようなひたむきな社員の努力に相応しい企業でなければ、と気を引き締められる思いがしました。」


急に経営者の視点で語られるので、そういえば夏雪は本当なら雲の上の立場の人だったという事実を思い出す。

…………だけど、夏雪が気にしそうだから私は彼を偉い人扱いはしないと決めている。


「私もそうだけど、尊敬する先輩たちもエヴァーグリーンで働けるのを誇りに思ってるもん。うちは絶対良い会社だよ。」


「透子の尊敬する先輩…………。嫌な話題ですね、やめましょう」


「?」
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