昨日の向こう《図書館戦争》

したい事が出来たらすぐにでも実行しなければ気が済まないタイプの俺はその日の放課後に折口に本当のことを言うことにした。本当のことと言っても別段俺が嘘をついていたわけでもないのだがなんとも気が重い。
「えー今日かよー俺部活だよー」
なんて柴田は言っていたが知ったこっちゃない。柴田と同じ中学と言うことは帰る方向が俺と同じなのは分かっていたから近くの駅でプラットホームの古い椅子に座っておくことにした。学校で「俺、留年じゃないから」なんて間抜けな話をすると誰かに聞かれかねなかったのでそうすることにした。
電車を4本ほど見送った後で折口がホームに降りてくるのが見えた。
おう、と偶然を装って手をあげる。
すると折口は少し意外そうに、でもその驚きを隠すようにぎこちなく微笑んで会釈をしてきた。そこで俺が立ち上がって近づくともうぎこちない微笑みは消えて、不信感にあふれた表情だけが残っていた。
「あの、さ」
待てよ。なんて言えばいいんだ?
やっぱり柴田のいるところで言うべきだった。
そしたらあいつの意地悪そうな微笑みで折口は全てを悟り俺の説明の手間も省けただろう、なんて今更反省をする。
「ん?なに?」
頭の中で柴田を殴っていると折口は間に耐えきれずに聞いてきた。
「えっとその、俺がダブったって話なんだけど」
「…大丈夫!絶対誰にも言わない!」じゃなくて。
「人に知られたくないことなんて誰にでもあるのよ」だから違う。
「だから安心して」だから…
「それちがうから。全部柴田の悪ふざけだから」一瞬時が止まったのかと思った。いや、止まったのかも思うくらい折口は硬直して頭をフル回転させていた。
「あいつ…」
低い声で折口がそう言って時がまた流れ出す。
「じゃあ玄田くんは同級生?」
「おう」
「悪さは?」
「してません」首を横に振る。
「親のコネは?」
「ちゃんと編入試験を受けました」
そこまで言うと折口ははぁーと深いため息をついてから俺をみて良かった、と言った。その言葉に今度は俺が意外そうな顔をする番だった。
「私ねー玄田くんの課題読んだの。それでね、話してみたいなーって思ってイミング探ってたけどなんか怖くて」
いきなり何の話だ。
「先月の政治経済の課題あったでしょ?
十個のテーマから選択で1つ選んで書くやつ。表現の自由の規制について、ってテーマ選んだのうちのクラスであなたと私とそーたの3人だけよ」
ああ、それか。佐藤の下の名前が奏太であった事を思い出してから書いた記憶をたどる。確か、提出日に思い出して数学かなんかの時間に書いたから確か内容はめちゃくちゃだったと思う。
「私あの日日直だったから課題先生のところに持って行くときにテーマ別に分けなきゃいけなくて。それで」
「笑っただろ」
表現の自由がなければ事実は小説よりも奇なりと提唱されたこの世の中をありのままに表現する事など出来ないとか何とか。書いているうちに気分が良くなってあたかもて一端の哲学者のような口ぶりで書いたことを思い出した。
「ううん」
そう力強く否定した折口の目を見る。
「私もそう思ってる」
佐藤のまっすぐなやつ、と言う言葉はこう言うことか、と思った。そして間も無く電車が来て2人で乗り込んだが隣に座るのは佐藤に気を使って遠慮して座った折口の前に立つことにした。
「私ね、将来ジャーナリストになりたいの」
だからあのテーマ選んだのよ、とちょっとだけ恥ずかしそうに、でも楽しそうに言った。
「じゃーまずな、幼馴染に偽の情報つかまされない事だな。真実を確かめずに人をダブり扱いするな」
折口はいきなりこんな事を言われて俺の表情を伺って来たから、ニヤッと笑うと冗談だと分かったようで
「余計なお世話」
と言って軽く睨んできた。
「ほんと、あいつはどんだけ私のこと嫌いなのよ」
あぁなるほど。と、今まで縁のなかった恋の原理を他人の恋で学ぶ。男子が好きな子にちょっかいを出してそれを嫌がらせと受け取るからこういうすれ違いが生じるのか。
「あのさ、柴田さ」
お前のこと好きだよ、ととっさに言いかけたが言うなよ、と釘を刺された事を思い出す。
「…いいやつだよな」
他に言葉が思いつかないのでそう言った。
「えーどこがよ。
いっつも適当でへらへらちゃらちゃら。高校になってサッカーがちょーっとうまくてちょーっと顔がいいからってちやほやされたら嬉しそうにして…あームカついてきた!」
もー、って怒る折口を見ていると柴田不憫で、申し訳ないが少し笑えてくる。
「あ、私ここなの」
話に気を取られてるうちに最寄りだったらしく扉が開いてから慌てて立ち上がってそう言って、折口は電車から降りていった。柴田と折口かぁ。お似合い、なのか?生まれてこのかた色恋沙汰と縁のない俺には判断のしようがない。ここは俺が仲介役を買って出ようか、とも思ったがかえって逆効果になりそうである。
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