昨日の向こう《図書館戦争》
「お前まじで昨日あいつに言った?」
なぜこの男がその心配そうにそれを尋ねてくる。難解な恋の心理が隠されているのだろうか。
「電車の中ずっと怒ってたぞ」
おっかしいなーと柴田は頭をかきながらやっとカバンを下ろして席に座った。
「やっちまったかなー」
朝練でかいた汗を拭いながら柴田がチラッと折口を見たのを確認する。
「何があったのか」
んー、と考えてから
「何もないんだよ」
とまたチラッと折口を見た。
「いつもなら朝一で。なんなら教室の前で腕組んで待ってて俺のこと怒鳴ってくんのにさ。」
「まだ気づいてないんじゃないのか?お前が来たの」
「いや、目はあったんだよ」
それ気のせいだったんじゃ、と言おうとしたがまあそんな事はないのだろう。
「ついに地雷踏んだかな」
あーどうしよ、と柴田はため息をついてから前を向き直して教卓の方へ姿勢を正した。まぁ朝一で怒ってもおかしくない剣幕ではあったが…。よく分からない。仕方ない。俺が恋のキューピッドとやらになってやろうじゃないか。(十数年後、折口の恋のキューピッドになろうとしたという話を職場でして信じられる事は愚か、キューピッドを舐めるなと大量の罵声を浴びせられて最後まで話せなくなる事は知る由もなかった。)
「折口、偽の情報源には仕返ししたのか?」
教科書をロッカーに片付けに行く時にわざと遠回りをして折口に聞いた。
「まだよ」
そこでまたわざと意外そうな顔をしてみせる。そうしたら案の定「あのね」耳かして、と折口が小さく手招きをする。「沙織ちゃん、永井沙織ちゃん」同じクラスなのだが顔ははっきり思い浮かばない。ほら吹奏楽部の、と言われてようやく思い浮かんだが、そういうタイプの子が俺みたいな風態の奴と話そうとする事もないので無論話した事は無い。
「あの子ねぇあいつの事好きなの。だからこの教室じゃいろいろ不都合なのよ」めんどくせえ。女ってのはこんなことまで考えて生活を送ってるのか。
「めんどくさい、って思ったでしょ」
素直にうん、と頷く。
「私は意外と楽しんでるけどね」
そゆことだから、あいつは後で懲らしめるわよ、と言って折口は不敵に微笑んだ。
「幼馴染の色恋沙汰観察するのも楽しいしね」あぁ柴田が不憫だ。ここ2日で数回目の子の感情を苦笑いで誤魔化して自分の席に戻った。
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