昨日の向こう《図書館戦争》
「玄田くん、明日、日直」
もう6月、2周めの日直だった。三十数人のクラスで折口の次が俺。ようやく『さん』から『くん』に昇進して、ついに丁寧語が消えた。でも、断然不自然だ。丁寧語が消えたというよりは名詞で言葉を終わらせて丁寧語の登場を避けてるといった感じだ。
「なぁ、俺なんかやらかした?」
折口が去ったのを確認してから例の柴田の肩を小突く。
「んん?」
わずかな五分休みでさえも食うことに費やしているのに太れないと嘆いている。贅沢な悩みだ。
「何であいつ、
折口、俺だけ不自然だよな?」
「ん"っ」
言い終わるやいなや、柴田は喉を詰まらせて即座に口を押さえた。不器用なやつだ。と、思ったのは束の間。
口の中のもんを飲み込むと柴田は伏せって笑い出した。
「なんだよ」
人様の悩みを爆笑するとは何事だ。
「おい」
笑い終わらない佐藤をもう一度小突くと
「面白すぎる」
と、言いながら起き上がってうっすら浮かべていた涙を拭いた。笑いで涙を浮かべる人間を久しぶりに見た。
「折口のやつ、まだ信じてたのかよー」
全然話が見えない。
「お前が転校してきたとき、他の学校で悪さして本当は二こ年上だけど親が無理くりこの学校に入れたって折口に冗談がてら言ったんだよ」
ごめん、と柴田がおでこの上で手を合わせる。無論、根も葉もない話だ。
「で、あいつは信じたのか」
「この様子だとまだ…」
信じてるわ、の言葉は笑いとともに崩れて行った。確かに俺はガタイもいいし若く見積もられたこともない。だからって。
「よくここまで持ったな」
もはや関心の域に達する。
「いやーあいつさ、ほんとに真っ直ぐなんだよ。俺、小中一緒なんだけどさ。あ、ついでに幼稚園も。
多分本人に聞いたら傷つけるって思ってお前にも聞かなかったんだと思うわ」
お前、人の良心を何だと思ってやがる。
本気で一発殴ってやろうと思った。
でも悪びれもない様子の柴田の目線の先には折口がいた。
「だから五年も片思いしてんだよね」
ポツリと放たれた一言に煮えくり帰っていたはらわたが冷める。と、同時に中休み終了のチャイムが鳴った。
「あいつに言うなよ。
あ、ネタバレするときは俺呼べよ」
柴田はそう言って少し残っていた弁当の中身を口に放り込んだ。
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