漢江のほとりで待ってる

珉珠も意地になり、その言動に顔を強張らせたまま、また由弦の手を強く摩った。

「あなたのお兄さんとは婚約はしたけれど、そんな関係に一度もなってない!キスだってしてない!出来る訳ない!だってあなたが好きだから!」

「嘘つけ!あの野球大会の時、オレを殴って嫌いだとはっきり言っただろ!あの言葉は忘れない!兄貴を庇ってそのまま行っただろ!試合中もオレはあなただけを見てた。でも!あなたは兄貴しか見てなかった!あいつに向かって笑ってた。オレじゃない、あいつを見てた……でも見られなくてよかったよ!無様で散々だったし」

由弦の目には涙が溢れてた。

珉珠はうなずきながら、胸を詰まらせ、

「そうね。あなたには美桜さんがいると思ってたから、私のことなんて何とも思ってないって、それに、あなたは仲里さんをはじめ、たくさんの仲間がいたし、私がいなくても大丈夫って思い込んでた。そんなあなたに、知らず知らずに妬いていたのかもしれない。でもさっき、あなたがそう言って、苦しんでたこと、今頃になって初めて気付くなんて、ごめんなさい。どんなにか辛かったと思う。でも嫌いって言うのは違う。本心じゃない!あなたを嫌いだなんて一度も思ったことなんてない!」

「分からないよ、あなたには。あの時のオレの気持ちなんか、あなたに分かるはずない!屈辱感も喪失感も」

「……ほんとにごめんなさい。あなたが記憶を取り戻してると知ってたら、あんなことはしなかった。ねぇ?あの時はもう、記憶を取り戻してたの?」

珉珠はあえて聞いた。

「知ってたら?オレが悪いの!?」

「そうじゃない。そんなこと言ってない。あなたも私のためを思って、あえて言わなかったと分かってるから」

「言えるわけないだろ!あんな幸せそうな顔見せられたら、言える訳ない!!オレ一人時間が止まってた。他は知らない間に時間が進んでたんだ。本当に目を覚ました時、あなたはいなかった、それだけだ。だから、もうオレに関わらないで。オレは一人でも大丈夫だから。オレもオレの時間を進める。これ以上苦しめないで」

由弦の目から涙がこぼれ落ちた。

「由弦、それでも言って欲しかった。言ってくれたら、全て投げ打ってでもあなたの傍を離れなかった」

そう言いながら、珉珠は由弦の涙を拭おうとした。

伸ばした珉珠の手に、由弦はまた目を伏せた。

前と同じように、無意識に反応している。

やはり自分の手は、由弦の潜在意識の中に、殴る手と記憶されている。

それも哀しかった。

「出会ってから一年が経った。まともに、あなたとは出掛けて食事もしたことがない!馬鹿の一つ覚えみたいに、何かあると「ディナーでもどうかな?」なんて言う兄貴とは、毎日向かい合って過ごしてたんだろ!オレはあなたの誕生日も知らない。きっと兄貴は知ってるんだろ?あなたの誕生日も兄貴と一緒にいたんだろ!二人で祝ってたんだろ!お揃いの腕時計してたし、見せつけるかのように!オレとのはあっさり外して。そんなの見たら、オレはあなたの心から外されたと思うじゃないか!そんなことするあなたの言葉なんて信じられる訳ないだろ!」

「ごめんなさい……」

「あの時もあなたは、どこにいたんだよ!」

由弦は博覧会初日の日、冷たい雨の降りしきる漢江に、一人いたことを思い出していた。

「由弦」

「何で兄貴と故郷に帰ったの!何で兄貴と婚約なんかしたんだ!何で指輪なんかしたんだ!!何で何で何で!!オレと初めてのものなんて何もなくなってしまったじゃないか!!オレは二番煎じじゃないか!これも全部兄貴の、あいつの企みのせいで!オレが地団駄踏むのをほくそ笑んでるんだ!そんなくだらないことに、いちいち腹を立てるオレの気持ちなんてあなたには分からない!!」

「ごめんなさい」

「そんな言葉聞きたくない!全てかなぐり捨てられるなら、何で記憶が戻るまで待っててくれなかったんだ……」

泣き崩れる由弦。

「由弦ごめんなさい。償いじゃない、お願い。勝手なのは分かってるけど、傍にいさせてほしい」

「同情なんてされたくない!」

「同情なんかじゃない。好きだから、ただ傍にいたい、それだけ」

珉珠は由弦をそっと抱き締めた。

由弦はその優しい手に、少しだけ身を預けた。

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