続・マドンナブルー
その日の夜は、居酒屋でマラソン大会の打ち上げがあった。打ち上げというのは名目上で、つまりは職場の飲み会である。そのため出場した教師の他、応援だけしていた者、飲み会にだけ参加した者で、多くの同僚たちがそろっていた。その中には、長尾に執心の白井の姿もあった。

 長尾の隣に座っている咲羅は居心地が悪かった。二人が隣り合っているのは、彼らの意思ではない。にやにやとした笑いを浮かべた同僚たちにはやされるようにして、二人は半ば強制的に席を隣にされたのだ。そのわけが、咲羅がゴールしたときに、長尾と固く抱擁しあったためであるというのは明らかだった。

 打ち上げと称した飲み会は、淡々と時間がすぎていった。しかしそのあっさりとした空気は、まるで咲羅と長尾の仲を調べる契機が訪れるのを、息を殺して待っているようだと彼女は感じた。さらにつらいことに、咲羅の斜め向かいに白井が座っていた。ときおり彼女から、鋭い視線が突き刺すように放たれてくる。

 咲羅と長尾が恋人同士であると、誰もがそう信じているようだった。咲羅は困却し、ビアグラスにちびちびと口をつけていた。一方の長尾はというと、空気を読んでいないのか、もしくは開き直っているのか彼の態度に動じる様子はなく、へらへらと同僚としゃべり飲み会を楽しんでいるようだった。

「長尾先生と門倉先生は、いつから付き合ってるの?」

 だいぶ酒が回り、頃合を見計らったように一人の同僚がたずねてきた。きたきた!というように、全員の注意が咲羅と長尾に注がれた。みな好奇心をにじませた目だが、白井に限っては仏頂面を浮かべている。咲羅は以前、カモフラージュとしての恋人役なら、いつでも引き受けると長尾に話したことがあるが、それが同僚に向けてとなると具合が悪い。勘弁してほしい。

「僕と門倉先生は付き合ってませんよ」

 咲羅の心配はよそに、長尾は相変わらずあっけらかんとしている。でも、まあ否定してくれてよかった。しかし、同僚たちはまったく信じないという様子で、

「またまたー。あんなに熱く抱き合っちゃって。本当は付き合ってるんだろ?」
「ねえねえいつから付き合ってるの?どっちから告白したの?」

 同僚たちの尋問は止みそうになかった。この流れに乗って、長尾は咲羅と付き合っていると偽るのではと思い、咲羅はひやひやとしていた。

「いやいや、本当に僕たちは付き合ってないんですって。門倉先生を抱きしめたのは、感動したからなんです。じつは、僕がランニングのコーチをしたんです。走り始めた三ヶ月前は、一キロすらまともに走れなかったんですよ。それが今日、二十一キロを走りきったんです。すごいことですよね。だから門倉先生は、僕のたんなるかわいい教え子なんです」

 なぜ人は、こんなにも職場間での恋愛事情に感心があるんだろうか。同僚たちは、まだこの話題にしがみつこうとしている。

「でもちょっとはお互いいいなって思ってるでしょ?これを機に付き合っちゃえば?」
「もう本当に勘弁してください。本当にそんなんじゃないんですって。たしかに門倉先生は魅力的だと思います。でも、僕と恋愛関係になることは絶対にありえません」

 ここまで否定されると、逆にさらに興味がわいてしまう。同僚たちは、長尾が次に発する言葉を待っているようだ。白井はというと、咲羅を馬鹿にするような目で彼女を見ている。ざまあみろとでも言っているようだ。

 長尾は何か吹っ切れたように清清しい表情だった。その様子が、咲羅を不安にさせた。彼はとんでもないことをしでかすような気がした。

 長尾が口を開いた。

「僕は同性愛者なんです。だから、女性に恋愛感情は持てないんです」
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