続・マドンナブルー
 二人が一つになろうかというとき、咲羅はうめいた。それが、快楽からくるものでないことは判然としていた。

「君は・・・・・・」

 安藤はそう言いかけ、上体を起こして咲羅から離れた。

「先生!」

 咲羅は悲鳴のような声で言った。毛布を胸に当てて、彼女も起き上がった。安藤は困惑顔で、何か考え込んでいるようだった。不安だった。咲羅としては、自分が処女であることを安藤に悟られたくなかったのだ。彼が知ってしまったら、二人の空白の期間が重い荷物となって、彼の背にのしかかるだろう。・・・・・・そう感じていた。

 安藤は、整理つきかねた曖昧な表情で、

「こんなこと言ったら、うぬぼれてると思われるかもしれないけど・・・・・・」

 と切り出し、

「ひょっとして、僕のせいなのかな。君が、その、今まで誰とも・・・・・・」
「そうよ!先生のせいよ!」

 咲羅の中で何かが弾けた。安藤からの連絡を待ち続けたこと。前向きになれず、世間から置いてきぼりにされているような惨めな気持ちでいたこと。それらのことが思い出され、怒りが膨れ上がった。

「毎年日本に帰ってきてたのに、どうして私のところに来てくれなかったの?私はずっと待ってたのに。ある日突然先生が迎えに来てくれるんじゃないかって、あんな手紙のせいで、私はずっと縛られてた!」
「ごめん。言い訳になってしまうけど、パリに来てからの数年間は、何もかもがうまくいかなかった。言葉の壁もあったし、作品も納得のいくものは描けなかった。くじけそうなとき、いつも君を思い出してた。会いたかったよ。日本に帰国すると、その想いは激しくなった。でも君に会ったら、すべてを投げ出してしまいそうな気がしたんだ。中途半端な弱い男のまま、君に会ってはいけない気がした。パリに来て四年くらいたった頃、ようやく軌道に乗り始めた。僕の作品が、少しずつ世間で認められるようになったんだ。その年、初めて君のアパートを訪ねたんだ。でも、そのときはすでに、君はアパートから転居した後だった」
「でも、私が母校で教師になったことを知ってましたよね?じゃあどうしてそのとき来てくれなかったんですか?」
「そりゃあ行きたかったよ。吉岡に会いたかったよ。でも、それが正しいことなのかわからなかった。君はさぞかし素敵な女性になって、よい伴侶とめぐり合ってるに違いない。僕が現れたことで、君を困らせてしまうんじゃないかって、そんなことを考えてしまい、勇気が持てなかった」
「そんな、先生はずるい。意気地なし」
「君の言うとおりだ。意気地がなくてずるいんだ。結局僕は、自分が傷つくのが怖かった。愛する人を失う苦しみから、ただ目をそらそうとした。やっぱり僕は、君を守れるような男ではないのかもしれない・・・・・・」

 彼は弱気につぶやいた。大きな体が、一回りくらい小さく見える。咲羅のイライラは頂点に達し、おもわず彼の頬をパチンとたたいた。

「先生もういい加減にして!結局先生は、奥さんと子供を失った苦しみを背負ったままなのよ。自分のせいで死んだって自分をまだ責めているのよ。網地島の合宿で、津波に襲われたときに私が怖くて助けに行けなかった親子の話をしたとき、先生は私に言ったじゃない。あれは仕方のないことなんだって。君のせいじゃないって。奥さんと子供が亡くなったことだって先生のせいじゃないわよ。それと私を守れないとかグジグジ言ってるけど、先生は私の命を一度救ってるの。暴漢に襲われてる私を助けてくれたことがあったでしょ?あのとき、先生が現れなかったら、私死んでた。殺されなくても自殺してた。初体験がレイプなんて、そんなのつらすぎて生きていけない。だから、先生は全然弱くない。そもそも、先生が弱いだろうが意気地なしだろうが、そんなのどうでもいいの。私はただ先生のそばにいたいだけ。一緒に生きて行きたいだけ。私、そんなに難しい要求してますか?」

 驚く安藤に、咲羅は一息でまくしたてた。そのため、ハアハアと息を切らした。

 唖然としていた安藤が口を開いた。

「僕は、たぶん確実に君より早く死ぬんだよ。その後独りになった君が心配だよ」
「大丈夫です。先生には健康的な生活を送ってもらって、百歳まで生きてもらいます。そうしたら、私が八十二歳になるまで一緒にいられる」
「しかし今の時代、君だって長生きするだろ。何年も独りで生きていくことになってしまうよ」
「大丈夫です。先生によく似た子供をたくさん産みます。そうしたら寂しくない」
「僕の父親はすっかりはげてるんだ。僕も、いずれそうなるよ」
「大丈夫です。私、ジェイソン・ステイサムのファンなんです。だから、はげた先生もきっと好きです」
「僕は・・・・・・」
「大丈夫です。先生を、すごくすごく愛してるから・・・・・・」
 
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