続・マドンナブルー
数日後、美奈子から出産したとの知らせを受け、咲羅は美奈子の入院している病院に向かった。
咲羅が病室に入ると、美奈子はベッドに腰かけ赤ん坊を抱き、授乳の最中だった。美奈子は咲羅に気づくと視線を上げ、無言でほほ笑んだ。美奈子は、かつてのモデル体型から、いくらかふっくらした。それが、母親らしい優しい印象である。そして、相変わらず美人である。
咲羅は、音を立てずにそうっと近づいていった。美奈子の頭上から覗き込むと、目をつぶっておっぱいを吸っている赤ん坊が目に入った。じんわりと、感動が広がった。三つの命を生み出した美奈子が神々しく思える。
やがて、満腹になって眠った赤ん坊を、美奈子は慣れた手つきでベビーベッドに寝かせた。ようやく、積もる話をするぞという姿勢となる。
「また女の子で、杜デレデレでしょ」
咲羅が言った。美奈子と杜の三人の子供は、みな女の子なのだ。
「うん。嫁になんかやるものかって言ってた」
「そうはいかないよねぇ。お嫁にいくとき、杜号泣しそうだよね」
「うわ、恥ずかしい。結婚式で号泣されたらどうしよう」
「杜らしくっていいよ。ほほえましい光景じゃん」
久々の再会となる二人は、会話に花を咲かせた。ふと美奈子が思い出したように、「あ、そうそう」と話題を変えた。
「咲羅、教員試験ついに受かったんだよね。すごいじゃん」
「別にぜんぜんすごくないよ。四年もかかってやっと合格したわけだし」
「だって美術の先生なんて、学校に一人いればいいんだから、狭き門なわけでしょ。やっぱすごいよ。しかも母校が初任地なんてね」
美奈子の口から “ 母校 ” という言葉が出たことにより、咲羅の心は身構えた。母校の美術室が、いまだ咲羅にとって気持ちをかき乱される場所であることを、美奈子に話していないのだ。
咲羅はあいまいに笑い、「そうだよね」と相槌を打ってその場をやりすごそうとした。しかし、その様子を美奈子は観察しているようだった。そして、美奈子は思い切ったように切り出した。
「咲羅は、毎日あの美術室にいて平気なの?」
「何が?」
そうとぼけるしかなかった。
「決まってんでしょ!安藤先生との思い出の詰まった美術室にいて、平気なのかって言ってんの!」
高校卒業後、何年たっても浮いた話のない咲羅のことを、美奈子は彼女なりに心配していたのだ。咲羅は、美奈子に心中を見透かされていたと知り、恥ずかしくなった。そして、自分がひどく惨めに思えた。
「美奈子ってば何言ってんのよ。安藤先生なんて、そんな大昔に好きだった人のことを今さら気にするわけないじゃん。やだあ今でも好きだと思ってたの?そりゃあ懐かしいくらいは思うけどね」
咲羅は平然と、明るく振舞った。
「それならいいんだけど・・・・・・」
「それに、最近気になる人もできたしね」
「本当?どんな人?」
苦し紛れの作り話と見破られないだろうか、と咲羅は慎重に言葉を選びながら、長尾についての説明をした。彼しか思いつかなかったのだ。
「咲羅にそんな人がいたんだ。私の勘違いでよかった。てっきり今でも安藤先生を引きずってるのかと思ってた」
一通り長尾についての説明を聞き終えた美奈子が言った。
「まさか!」
と咲羅は笑った。長尾のことは、たしかに取ってつけた言い訳だった。しかし、それだけではないのだ、という思いがあるのも事実である。自分ひとり、取り残されていくという不安やあせりから、そんな気持ちが生まれたのかもしれないが、やはり、長尾が異性として魅力的なのだ。まだ恋とまではいかないが、そうなる可能性は大いにありうる。そうなることを期待した。
咲羅が病室に入ると、美奈子はベッドに腰かけ赤ん坊を抱き、授乳の最中だった。美奈子は咲羅に気づくと視線を上げ、無言でほほ笑んだ。美奈子は、かつてのモデル体型から、いくらかふっくらした。それが、母親らしい優しい印象である。そして、相変わらず美人である。
咲羅は、音を立てずにそうっと近づいていった。美奈子の頭上から覗き込むと、目をつぶっておっぱいを吸っている赤ん坊が目に入った。じんわりと、感動が広がった。三つの命を生み出した美奈子が神々しく思える。
やがて、満腹になって眠った赤ん坊を、美奈子は慣れた手つきでベビーベッドに寝かせた。ようやく、積もる話をするぞという姿勢となる。
「また女の子で、杜デレデレでしょ」
咲羅が言った。美奈子と杜の三人の子供は、みな女の子なのだ。
「うん。嫁になんかやるものかって言ってた」
「そうはいかないよねぇ。お嫁にいくとき、杜号泣しそうだよね」
「うわ、恥ずかしい。結婚式で号泣されたらどうしよう」
「杜らしくっていいよ。ほほえましい光景じゃん」
久々の再会となる二人は、会話に花を咲かせた。ふと美奈子が思い出したように、「あ、そうそう」と話題を変えた。
「咲羅、教員試験ついに受かったんだよね。すごいじゃん」
「別にぜんぜんすごくないよ。四年もかかってやっと合格したわけだし」
「だって美術の先生なんて、学校に一人いればいいんだから、狭き門なわけでしょ。やっぱすごいよ。しかも母校が初任地なんてね」
美奈子の口から “ 母校 ” という言葉が出たことにより、咲羅の心は身構えた。母校の美術室が、いまだ咲羅にとって気持ちをかき乱される場所であることを、美奈子に話していないのだ。
咲羅はあいまいに笑い、「そうだよね」と相槌を打ってその場をやりすごそうとした。しかし、その様子を美奈子は観察しているようだった。そして、美奈子は思い切ったように切り出した。
「咲羅は、毎日あの美術室にいて平気なの?」
「何が?」
そうとぼけるしかなかった。
「決まってんでしょ!安藤先生との思い出の詰まった美術室にいて、平気なのかって言ってんの!」
高校卒業後、何年たっても浮いた話のない咲羅のことを、美奈子は彼女なりに心配していたのだ。咲羅は、美奈子に心中を見透かされていたと知り、恥ずかしくなった。そして、自分がひどく惨めに思えた。
「美奈子ってば何言ってんのよ。安藤先生なんて、そんな大昔に好きだった人のことを今さら気にするわけないじゃん。やだあ今でも好きだと思ってたの?そりゃあ懐かしいくらいは思うけどね」
咲羅は平然と、明るく振舞った。
「それならいいんだけど・・・・・・」
「それに、最近気になる人もできたしね」
「本当?どんな人?」
苦し紛れの作り話と見破られないだろうか、と咲羅は慎重に言葉を選びながら、長尾についての説明をした。彼しか思いつかなかったのだ。
「咲羅にそんな人がいたんだ。私の勘違いでよかった。てっきり今でも安藤先生を引きずってるのかと思ってた」
一通り長尾についての説明を聞き終えた美奈子が言った。
「まさか!」
と咲羅は笑った。長尾のことは、たしかに取ってつけた言い訳だった。しかし、それだけではないのだ、という思いがあるのも事実である。自分ひとり、取り残されていくという不安やあせりから、そんな気持ちが生まれたのかもしれないが、やはり、長尾が異性として魅力的なのだ。まだ恋とまではいかないが、そうなる可能性は大いにありうる。そうなることを期待した。