ホテル御曹司が甘くてイジワルです

「ごゆっくりどうぞ。なにかあったら遠慮せずに言ってくださいね」

優しい笑顔の由美子さんに頭をさげるとパタンと扉が閉まった。
清瀬さんとふたりきりになったことなんて今まで何度もあるのに、緊張で心臓がドキドキいっている。

「あの、せっかく来たのに寺沢さんとお話できなくて残念でしたね」

緊張を誤魔化すように私が言うと、清瀬さんは残念そうなそぶりも見せずに「彼が頑なになるのも仕方ないんだ」と首を横に振る。

「俺の前に交渉していた担当者が、寺沢さんご夫婦の事情も考えず、金銭面の条件ばかりで押し通そうとしたんだ。そんなやり方じゃ警戒されて当たり前だ。時間がかかってもいいから、こちらの誠意を示して信頼を得るしかない」
「ご夫婦の事情、ですか……」

世界的にも有名なレストランを辞め、こんなのどかな場所でひっそりとペンションをしている寺沢さん。それにはなにか事情があるんだ。


それにしても、話も聞いてもらえないなんて。

「道は険しそうですね」

思わずこぼすと、清瀬さんはくすりと笑った。

「まぁな。でも交渉する機会さえもらえれば、口説き落とす勝算はある」

そう言った黒瀬さんの目がきらりと光る。彼らしい好戦的な表情が色っぽくて、思わず鼓動が速くなる。

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