ホテル御曹司が甘くてイジワルです


コツコツと階段を降りると、キッチンの奥で由美子さんがお皿を洗っているようだ。
水音と食器の擦れる音が雨音に紛れて聞こえてくる。

「すみません」

ダイニングから声をかけたけれど、由美子さんは気づかないようでお皿を洗い続けている。

「あの、由美子さん」

今度はさっきよりも大きめの声で名前を呼んだけど、無反応だ。

どうしたんだろうと首を傾げる。水音が響いているくらいで、部屋の中はうるさいわけではないのに。


不思議に思ってもう一度声をかけようか迷っていると、不意に由美子さんがこちらを振り返った。

「あ、もしかして声をかけてくれてました?」

まっすぐに目を見つめてそう問われ、きょとんとしながら頷く。

「ごめんなさい、気づかなくて」

そう言いながら由美子さんは蛇口をひねり水を止めた。
シンクを叩く水音がやみ、室内に響くのは雨の音だけになる。

「いえ、たいした用事ではないので、大丈夫です」

慌てて首を横に振ると、由美子さんはタオルで手を拭きながらダイニングの方へやってきた。


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