ホテル御曹司が甘くてイジワルです


「あ、そうだ。清瀬さんが名刺入れを忘れたので届けに来たんですが……」

そう言って名刺入れを差し出した私に向かって、遠山さんが「ありがとうございます」と、丁寧にお礼を言ってくれる。

「副社長はただいま外出していまして」
「あ、いいんです。私は清瀬さんに会いたいわけじゃなくて、ただ忘れ物を届けに来ただけなので」

頭を下げてくれた彼に慌てて首を横に振ると、その勢いがすごすぎたのかくすりと笑われてしまった。

「では、確かにお預かりいたします。今車を回させますので、ご自宅までお送りしますね」

当然のようにそう言われ、驚いてしまう。

「いえ、ひとりで帰れるので大丈夫です」
「夏目様をお送りせずに帰してしまえば、副社長が気にされますから」

お客でもない私を様付けして呼んでくれる遠山さんの気遣いに、逆に申し訳なくなる。

名刺入れがなければ困るかと思って届けに来たけれど、余計な手間をかけさせて逆に迷惑をかけてしまったかもしれない。
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