冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
アイランドタイプのキッチンは調理台もシンクもぴかぴかに輝いている。奥には大きな冷蔵庫。中はヨーグルトや牛乳、バターなど、了が数日間暮らした形跡が点在しているだけだった。あとで買い出しに行こう。

リビングの続き部屋を恵の生活スペースにした。前のアパートの構造を引き継いだ形だ。私はダイニングテーブルでPCを使いながら、恵の様子も観察できる。

敷き詰めた防音マットの上に、カラフルなプレイマットが敷かれている。新品だけれど、一度洗ってあるのがわかり、了に感謝した。

アパートの家具はすべて処分したけれど、お気に入りのおもちゃは引っ越し荷物に入れたからこのあと届く。いずれ子ども用の収納家具をここに置こう。それまでは布バケツでいい。

まこちゃんがチェックしに来てくれたという幼児対策は万全だ。角という角に透明なクッション材が張られ、さわらせたくないものは届かない高さにしまわれている。恵も「ダメ」がわかる年齢になったから、入ってはいけない場所をきちんと教えれば、柵を設置するほどの対策は必要ない。

よし、と満足したところに、別の部屋から恵の歓声が聞こえてきた。

廊下に戻り、右手のドアを開ける。寝室だ。アイボリーのカーペットを敷いた明るい雰囲気の部屋では、大きなマットレスの上で恵が転がっていた。興奮のあまりお腹が丸出しだ。

端に腰かけて見守っていた了が、私に気づいて笑った。


「ベッドにしなくて正解だったね。落ちても平気だし」

「ほんとね。このほうがいろいろ洗えるし」


言っているそばから、恵が二十センチほどの高さを勢いよく転げ落ち、泣きもせずまた戻ってきた。落ちた音も響かなかった。すばらしい。


「私、買い出しに行ってくる。恵を任せていい?」

「三人で行ってもいいよ?」

「ひとりでゆっくり散策したいの」


それが母親の言葉かと責められてもしかたないような台詞だ。だけど了は笑顔で「ゆっくりしといで」と手を振った。

一時間も中にいなかったのに、外はもう西日が染めていた。きれいなラウンジのあるエントランスロビーを抜け、ガラス扉の外へ出る。

マンション群の敷地内は芝や木々が植えられ、都会のオアシスといった風情だ。小道をベビーカーを押した夫婦が歩いている。子持ち層も多いのだ。

一般道へ出て、大きなスーパーマーケットのあるほうへ足を向けた。履き慣れたスリッポンが妙に軽く感じ、ぐいぐいと私を前へ進ませてくれる。

久しぶりに仕事以外で恵から離れ、ひとりきりで街へ出た。子どもの外出用品を詰めたバッグもいらない。念の為のタオルもウェットティッシュも持たなくていい。財布と携帯と鍵をジーンズのポケットに突っ込んできただけの身軽さ。
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