冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
シャワーを済ませ、身体を拭き、髪を乾かす。ばっさり切ってもいいかもしれない、とドライヤーを使いながらふと思った。

時間に追われて子育てをする中で、短いほうが絶対に楽だとわかっていながら、それをしてしまったら重大ななにかをあきらめたことになりそうで、あえて結べる長さをキープしてきた。

思わず鏡の中の自分と見つめ合う。耳の下くらいのボブとか、人生で最短といっていい長さにするのもありなんじゃない?

不思議なもので、どこかが満たされると、意地で握りしめていたなにかを手放すことに躊躇がなくなる。

脳裏に浮かんだのは、真紀の姿。

ウエストをマークするのが好きな真紀にしては珍しい、すとんとしたトップス。バランスをとるためのスキニーなボトム。そして足元は、一緒に仕事をしていた時代と同じ、八センチヒールのパンプスを履いていた。

"幸せそうじゃない"と感じたのは、そこだ。

私には、彼女が妊娠している事実に抗おうとしているように見えた。




『お電話ありがとうございます。Selfish代表窓口でございます』

「お世話になっております、ソレイユ・インターナショナルの狭間と申します」


微妙な嘘に気が咎め、苗字に関しては、いずれ事実になるはずですからと心の中で平伏した。さすがに伊丹の名前は出せないのだ。電話の相手は不審に思う様子もなく、私が指名した経理課の女性につないでくれた。

経理の昼休みは十二時ちょうどから。マノの昼休みとの時間のずれがうまく使えた。会社近くのカフェのテラス席で、コーヒーとサンドイッチとメモ帳を前に携帯を握る。

──数分後、私は今度はジョージさんの番号を呼び出していた。


『ソレイユ・スタッフィング? もちろん顔が利きますよ。ホールディングス化する前から、一番密接な関係にある子会社でしたから』

「よかった! あのね、個人情報を教えてほしいとは言わないんだけど、いい手がないかお知恵を拝借したくて」


私はひとつ前の電話で得た情報を彼に伝えた。

電話した相手は、経理課で女性誌全般の面倒を見てくれていた女性だ。私が新人時代、部の会計業務を請け負っていたときお世話になった。

『まじめないい子』のお墨付きをもらい、以降、副編をしていたときも、産休に入るときも、変わらず気にかけてくれていた大先輩だ。
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