冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
『どうして許せないの?』

『損をしてる気分になるんじゃないかな。"普通"に生きてるだけでなにかとストレスじゃない? そのストレスが報われてないのに、異端がのうのうと暮らしてたら、おもしろくないんだと思う』


私はちょうど、だれが見ても妊娠中であるとわかる時期にさしかかっていて、公共の場でどう振る舞うべきか頭を悩ませていた。電車に乗るな、席を譲られたらスマホをいじるな、そもそも外出するな──見たくなくても目に入る数々の見解に、私が直接言われたわけでもないのに疲れて果てていた。

損をしている気分。

わかる。実際にはしていないのに、そう感じることはある。決まって自分に余裕がないとき。いやなことがあったとき。満たされていないときだ。


『不満はあるけど、なにと戦えばいいのかわからないから、手近なところに理由を見つけて、その日を生き延びてるんだよ。みんな疲れてる』


まこちゃんの声は同情的でもあり、あきらめの響きにも聞こえた。


「みんな疲れてる、か……」

「おさかな」


いつのまにかお絵描きに移行していた恵が、折り紙の裏に走らせたサインペンの線を得意げに見せた。

子どもは好きに線を引いてから、なんの形に見えるかで、なにを描いたか決める。そのため結果だけ見ると、けっこう描けている。今回もちゃんと魚がいた。


「すごいすごい、おさかなだ」

「ねんねしない!」

「まだねんねしなくていいよ」


今夜の恵は天使かドラゴンか。ゆうべ徹夜だったことを思い出し、急激に眠気が襲ってきた。お絵描きセットごと恵と寝室に移動し、寝ることにした。

──ただいまー、と了の声が聞こえた。気がした。

目を開けると間近に恵の顔がある。そうだ、結局一緒に眠ってしまったんだった。電気もつけっぱなしだ。

私は汗で湿った温かい恵の身体を、起こさない程度に抱きしめ、感触と匂いを楽しんでから、ふらつく足取りで廊下に出た。

ちょうど了が靴を脱いで上がってきたところだった。私を見つけ、「ただいま」と疲れた顔でにこっと微笑む。私は寝起きのふわふわした感覚に任せ、もたれかかるように抱きついた。
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