Monkey-puzzle

「真田課長」と今度は真田さんの方へ身体を少し向け、頭を下げる真理さん。


「ご迷惑をおかけしましてすみませんでした。そしてまだまだ未熟な私ですが、何卒、課長としてご指導をよろしくお願い致します。」
「ああ…まあ、わかってくれればそれでいいんだよ。お前としてもメールの件、大事にしたくないだろうから、ここだけの話にしておけばいいと俺は思ってる。」
「はい…ご配慮ありがとうございます。」


真田さんは、真摯な顔を作りながらも、どこか満足げ。田所さんは「まだ許していない」と言わんばかりに眉間に皺を寄せたまま複雑そうに真理さんを見つめる。

完全に真理さんに非が移ってしまった状態のこの雰囲気。けれど、真理さんの声も表情も穏やかなまま。

…どういう事だろう?

不思議に思った俺の横で、少し瞼を伏せがちにして一度真理さんが息を吐いた。


そして、目線を再びあげ、真田さんと田所さんに向ける。


その表情がさっきとはうって変わっていて…俺ですら少し目を見開いた。

「ですが、課長。」

言うなれば、敵を捕獲する寸前の鷹。
三日月を形作る唇とは裏腹にその瞳に冷徹な光を宿している。

「あなたにご指導を頂いてもクレーム紛いのメールを課内に転送してばら蒔くような事は、私には出来ません。人としても、仕事仲間としても。」


鋭さが際立つ眼差しに気圧されたのは二人だけじゃない。

…俺も。

背筋がゾクリと少し音を立て、わずかな興奮を覚える。思わず密かに生唾を飲み込んだ。


「あなたは本来、今回の田所さんの様な外部からのクレームなどに対応し、実際に動いている私達を守る立場のはず。それを自ら掻き回すなんて。それによって、橘さんを始め、沢山の方を巻き込んで迷惑をかけた。
私は、あなたを軽蔑します。」


予想外の展開に驚きに打たれ、息をし忘れているのでは無いかと言う位に硬直している真田さんが滑稽に見えて、不謹慎にも緩んだ頬。

それを隠す為に、咄嗟に俯いた。


「不服があるなら、あなたが直接私に何かすればいいでしょ?自分の悪さに周囲を巻き込んでんじゃない!」


…真田さん、真理さんをだいぶ見縊ってたね。

真理さんの三行半を聞きながら心の中でそう語りかける。それから話し合いの終結を迎えたと確信して、繋ぎっぱなしの手に”真理さん、お疲れ”と力を込めた。

そんな俺を横目で少しだけ見ると唇をキュッと噛み締める真理さん。

「…。」

何かを考え込む様に少し沈黙を作り、それから恐々としている田所さんに目を向けた。


「…田所さん、あなたは先ほど『渋谷さんに反省していると分かって欲しい』とおっしゃいましたね。
今知らされた事実も沢山あるので、私の中できちんと整理がついておりませんが…一つだけ。」


そこで言葉をためらう様に一度切ると繋いでいる手にギュッと力を入れる。


「…真田とあなたの関係はおいておいて、、あの発言や先ほどの言いよどみ、そしてあなたの昨日までの渋谷に対する立ち振る舞いを見ていると、渋谷に少なからず好意を抱いている様に見えました。」


…この際、そこはもうどうでもいいと思うんだけど。

首を傾げつつ様子を見守っていると、更にギュウッと繋いでいる掌に力を込める真理さん。

その手が…何故か若干震えている。


「すみません、先に謝っておきます。」


一度大きく深呼吸をしたその目から迷いは消えて、真剣そのものになった。


「あなたに渋谷は絶対に渡さないから。」


…何を言い出すかと思えばこの人は。

田所さんと真田さんは、更なる驚きの追い打ちに、ぽかんと口をあけた。いや、俺も右に同じだったけど、気持ち的には。


どう考えてもあの啖呵でかっこ良く締めるべきだった事は明らかで。

真理さん…良い意味で緊迫していた空気がどことなく気まずい空気になったのを分かってる?

しかも、田所さんの気持ちがどこにあるのか曖昧なまま祭り上げられた俺はえらく恥ずかしいですけど。


呆れつつも、震えながらギュウギュウと俺の手を握り締める真理さんに頬が緩んだ。


まあ…でも。
真理さんらしいわ、こういうの。


「…それでは、私はこれで失礼します。」


平静を装って立ち上がる瞬間に離そうとした手は、真理さんのもの凄い手汗により上手く離れず、俺と繋いでいる姿が二人に曝される。


「し、渋谷!行くよ!」


笑う俺を真っ赤な顔で強引に引っ張って小会議室を後にした。


「真理さん…。」

「う、うるさい!私、行く所があるから!じゃあね!」


真理さんは無理矢理俺から手を離すと、逃げる様に立ち去って行く。



…行き先は検討つくけど。


一人取り残された俺は再び笑いが込み上げて、慌てて口元を手で押さえた。





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