一生に一度の恋をしよう
「自分が出れば、叔母上との争いは避けられないと判っているんだ。一時の混乱がやっと収まった、なのに正当な王位継承者である父が世に出れば、まだ国が乱れる。叔母上を担ぎ上げたい者もいれば、正統にこだわる者もいる。きっと内輪揉めが始まるだろう。こんな小国でそんな事をいつまでもしていたら、周りの国にあっという間に食われてしまう」

「戦国時代でもあるまいし、どっかに植民地化でもされるとでも?」
「それぞれ利害や思惑があるんだ。それらで代理戦争のような事態が起こればセレツィアは終わる」

小さな国で、大きな産業もないこの国では死活問題なのかも知れない。日本が平和すぎて判らないだけかな……。

「それでも」

更に淋しげな色を滲ませて呟く。

「俺も来月にはイギリスへの留学が決まってる。ひとたび国を離れれば、もう戻ることはないだろう。せめてその前に、一目父に会って話したいが、それも叶わないそうにない」
「どうしてこんな時に、留学なんか……?」
「叔母上の意向に決まってるだろう」

シルヴァンはつまらなそうに言った。

「俺に拒否権はない。母も療養と称して国境近くの城に軟禁されてる。もう、叔母上の独壇場だ。でも」

小さな溜息を吐いて言う。

「父の言う事はもっともだ。どんな独裁者でも、民と国の為にと働くのなら、それは立派な君主だ。叔母上はともかく、ハルルートもお人好しなところはあるが、この小国ならいい王になれるだろう」
「……あなたは、国の為には働かないの?」
「俺の仕事は、この国を離れる事だろうな。実質の独裁者の叔母上の心の安寧の為に」

そう言う、シルヴァンの目を見てしまった、苦渋に満ちた瞳を。

「そんな。それであなた達の安寧はあるの? 家族は離れ離れになって?」
「別に親が恋しい歳でもない。先日、妹も叔母上が決めた他国の相手に嫁いだ」

この国のことを調べた時に出ていた、ドイツの資産家に嫁いだ事。

「遠くから、セレツィアの平和を願って……」
「せめてお父さんに会おう!」

私は余計なことを言っていた。

「一度も会わずに外国行くなんて辛いよ、私からお願いしてみるから!」

シルヴァンは鼻で嗤う。

「外国人のお前に何が……」
「恵里佳経由でお願いしてみるから! 待ってて!」
「……確かに、ハルルートは恵里佳妃にベタ惚れなようだが。実権は叔母上が握ってる、許可など出る訳……」
「会うだけだよ!」

私の意気込みに、シルヴァンは溜息を吐いた。

「叶わない」
「どうして!?」
「……これは内部での噂だが。伯父上を殺したのは叔母上らしい。父は何か知っているのかも知れない、黙して何も語らない。そんな父に会えるのは極限られた人のみ、しかも言葉を交わすことも赦されていないらしい。そんな状態の父に、俺が逢えると思っているのか?」
「でも!」

恵里佳は自分の意思で異国に嫁ぐと決めた、親には会えなくなる覚悟をもってだ、それだって淋しいと言っていた。なのに、周りの都合で引き離されて、もう国に帰ることすらできないかもって思ってるなんて!

「もう国に戻る事がないとか思ってるなら、やってみようよ! 私からお願いするから! だめだったら、また次を考えよう!」

私が言うと、シルヴァンは小さく頷いた、肯定だけど、その目は無理だ、と言っていた。

「明日、恵里佳に会えたら言うから!」

私は本気だと言う気持ちを込めて言う。

「ありがとう」

彼は小さな声で言った。

「……じゃあ、結果はまた夜、聞きに来ようか」

きっと無理だった、と言う報告になるであろうと覚悟した目だった。

じゃあ、と言ってシルヴァンはまた窓へ向かう、部屋に戻るつもりなんだと判る。
やはり城内は動けないんだろう。

バルコニーのはたに、ロープが垂れ下がっているのが見えた。
それに掴まると慣れた様子でするすると降りていく、まるで消防士の訓練を見ているようだ。
二つ下の階には花台があった、その手摺に移る前に私を見て手を振ってくれた、私も振り返す。

いやだもう。気分はロミオとジュリエットよ!

ひょいと身軽に飛び移って姿が消える、って、どう言う王子よ?

ロープが揺れて手摺りから外れると、音もなく落ちていく、それが下の階に吸い込まれるのを見届けてから、私は部屋に戻った。

< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop