一生に一度の恋をしよう
三日目♪

翌日の朝ご飯が終わると、私は恵里佳と二人きりになる時間をもらった。

「ねえ、シルヴァンって人、知ってる?」

いきなりだったから、恵里佳は面食ったようだ。

「え? ええ……でも、一応おぼえておけと言われたくらいで、お会いしたことはないわ、宮殿にお住まいの筈なのに、食事も別々にされてるようで……前国王の第二王子のご子息でしょ?」

私はうんうん、と頷いた。

「その第二王子が、今牢に繋がれているのは知ってる?」

単刀直入に聞くと、恵里佳の顔が明らかに曇る。

「ごめんね、渚沙……関わるなって言われてるの、名前も出すなと……変に噂話になってはいけないからって……」

名前すら出すな? つまりエタン殿下は、存在すら消されるって事? シルヴァンが留学の為に出国したら、もう戻れないと言ったのが、現実味を帯びてくる。

「無理を承知でお願いする! シルヴァンとエタン殿下を、会わせてあげてほしいの!」
「ええ?」

さすがに驚いたようだ、そりゃそうだ、私が知る筈のない人、事柄だ。

私は包み隠さず話した、恵里佳なら大丈夫だと思ったから。

「……そんなことが……」

「恵里佳を誘拐してまでしたかったんだよ!? このまま親子が会えなくなるなんて駄目でしょ!? 恵里佳もなかなか両親に会えなくなると思うけど、全く会えなくなるのと訳が違うよ!?」

恵里佳も頷いてくれた。

「ハルルートにお願いしてみる」
「ありがとう!」


***


が。

「なりません」

またしても謁見の間で、マルグテ夫人に見下される。
ハルルートから話が行ってしまったのだろう。

「一体、何処でシルヴァンと」
「昨夜の舞踏会で姿をお見かけして、気になったので、近くにいた方にお聞きしたんです」

私は誠心誠意の気持ちを込めて言った、嘘とバレないように。

「エタン殿下がお体を壊してから一度もお会いしていないと聞きました。シルヴァン殿下がもうすぐ留学される話も。もうすぐ恵里佳もご両親になかなか会えなくなると言うのと重なってしまって。お願いです、遠目でもいいので、エタン殿下とシルヴァン殿下を会わせてあげてください」
「無理です。医師からも面会謝絶と言われ、私すら会えません」

医師!? どこの医師よ!?

「でも、エタン殿下も心細いかも知れませんし……」
「なりません」
「せめて、お手紙とか」
「些細な心労も掛ける訳にはいきません」
「伝言も?」
「いいでしょう、私が引き受けましょう」

そんなの、無理に決まってるじゃん!

「……判りました、諦めます……」

私は止む得ず引き下がった、ここで喧嘩をしても仕方ないと思ったから。
その時、恵里佳が声を上げた。

「あの、渚沙と観光に行きたいのですが」

マルグテ夫人の眉が、ピクリと上がった。

「あなたは忙しいでしょう」
「でも。婚儀が終わってしまったら、そうそう自由に外を歩き回るなんてできませんし。特に渚沙となんて」

マルグテ夫人は探るように見ていたけれど、納得してくれたようだ。

「良いでしょう、エレメイを護衛につけます」
「ありがとうございます」

恵里佳は100満点の笑顔で答えた。


***


護衛と言ってついて来た男は、舞踏会の時、シルヴァンと付かず離れずのところに立っていた金髪の男だった、シルヴァンが出て行くと何食わぬ顔して一緒に出て行った……シルヴァンが警護と言う名の監視だと言っていた人だ。

そして、今は私達の護衛、つまりは監視、だ。

エレメイは助手席に座る。運転は当然運転手に任せて、私達は後部座席で女子トークに花を咲かせていた。

「あーこうして気軽に出られるのも、あとわずかかあ」

恵里佳は言いながら、私の太腿にジーンズの上から指で文字を書く。

≪よりによって、エレメイがきちゃった。くわしい話は夜ね≫

そっか、なんか話がしたくて外に出たいなんて?

「頑張ってね、王妃様業!」

私も口では軽口を聞きながら、恵里佳の手を取って、その手の平に書く。

≪エレメイは日本ゴわかるの?≫

私達は今は日本語で会話しているけど、横顔を盗み見ても、理解してるかどうかははっきりしない。

「マリッジブルーかしら、ちょっと嫌になってきたわ!」

≪わからない≫

その文字は、私の手に平に書かれた。

「えー、ここまで来て、やめたいは駄目だよお!」

≪おっけ≫

「判ってるけどお」

私達はそっと手を解いて、女子トークを続けた。

街まで下りて、私達はショッピングモールでウィンドショッピングを楽しんだ。
って言うか、恵里佳、全然普通に店に出入りしてるけど、いいのかな? 店員さんも観光客みたいに接してる、王妃だと気付いていないみたい。

眼光鋭いエレメイがずっと付かず離れずの場所に居るのも違和感はないらしい。あ、それはつまり、逆に恵里佳が王妃になる人だと判ってるって事か!

そして、近くのイタリアンレストランでピザとパスタでランチにした。

店内はそれなりに混んでいた。それでも四人席に案内されて、私と恵里佳は隣同士、向かいにエレメイと運転手が座る。

「トイレ行ってくる」

食事が一通り済んだ頃、私は立ち上がった。

トイレにはさすがにエレメイはついて来ない、少しほっとできる時間だ。それ以外の別行動は、必ずついてくるけど。
あーシルヴァンもストレスかかってるだろうなあ。

トイレは角を曲がった先だった。壁伝いに曲がって二歩進んだ時、腕を掴まれ引き込まれた。

やばい!
海外の危険あるあるか!? 店内と言えども油断できない!

大きな声を出さなくては……そう思って深呼吸をした時、耳元で囁かれた。

「しっ! やっと声が掛けられた」
「やっと……って!」

私は振り返って、長身の男を確認した。
細面の少しヤンチャな印象の男性は、ニヤリと笑う。
そのまま空いてるテーブルに押し込まれた。

「あんた何者だ? 警戒心ゼロのくせに、えらいヤバイ奴といるじゃねえか。クジマに、女は今度ハルルートと結婚する恵里佳妃だろ!?」
「え?」
「あ、俺、新聞記者。あ、ゴシップ紙じゃないぜ? ちゃんとした方!」

そう言って彼は名刺をくれた、デイリーNYと書かれた名刺の名前は、ティモシー・マックイーンとあった。

「クジマって……?」

運転手はガブリエルって名前の筈で……。

「金髪の男だよ。傭兵のクジマ・チューヒン、今はマルグテ夫人の用心棒だ」
「え? エレメイの事?」
「あー、そんな名前名乗ってんだ? 本名はチューマンだよ。傭兵って言うか、スパイ?」
「す、スパイ……!?」
「うーん? 正確には暗殺者だな。あんなのと組んでる時点で、マルグテ夫人のクロは確定なんだけどな」
「クロ? ……一体何の事……?」
「そうだなあ、何から話そうか?」

彼は思わせぶりに天井を見上げた。
私も自己紹介をしてから、彼は話し始めた。

「へえ、恵里佳妃のご学友か──ユルリッシュ皇太子が亡くなられたのは知ってるだろう?」
「はい、ニューヨークで他殺体で見つかったって……」
「その遺体を、少なくともヘフゲン氏のオフィスから運び出したのは、クジマ……ああ、エレメイ?なんだ」
「……ヘフゲン氏のオフィス……?」

ヘフゲンはマルグテ夫人のラストネームだ。シルヴァンが言ってた、ユルリッシュ皇太子の死にマルグテ夫人が関わってるかもしれないって……!

ティモシーはメッセンジャーバックからファイルを取り出して、そこ挟んでいた写真を見せてくれた。
白黒の荒い画像に、三人の男が写っていた。いかにも危険な香りのする雰囲気のごつい二人の男が、大きな箱を乗せた台車を押していた、その後ろにいるのが……。

「……エレメイ……!」

金髪で細面の顔だけで判った。

ティモシーは頷く。

「その日、ユルリッシュ皇太子はヘフゲン氏に逢うと言って出掛けたらしい。泊まったホテルに護衛を残して、単身でな。大事な話がある、身内だから心配ないと言って。だが待てど暮らせど帰らない。一晩待って警察に通報した、だがその時には既にユルリッシュ皇太子のご遺体は見つかっていた──その写真は、ご遺体が見つかる5時間前の物だ──箱の中身、気にならないか?」

その言葉に、私の背筋に冷たい物が落ちた。

「ゴシップ紙じゃなくたって食いつくネタだよな。王様が行方不明になった先の関係者が王様になるんだぜ?」

やっぱりそうなの……まさか、こんな段ボールに、ユルリッシュ殿下が……!?

「……ねえ、あなた、現在のエタン殿下の事は知ってる?」

私は小さな声で聞いていた。

「病気で床に臥せっていると」

ティモシーの言葉に、私は首が取れそうなほど左右に振った。

「それは嘘なの。ユルリッシュ皇太子を殺した罪で、牢屋に閉じ込められてるって」
「……なんだって?」
「本当なの、無実の罪で捜査もされないでじゃ、ずっと閉じ込められたままだよ。私、エタン殿下を助けたいの!」

言いながら、何故か「違う」と思った。私はエタン殿下の為にやってるの?

「確かに、エタン殿下と皇太子は、後継者争いから犬猿の仲だったと聞いてるが」
「あなたもエタン殿下が殺したと思うの!?」
「──いや。だったらこの写真は? クジマは何を運び出した?」

私は大きく頷いた。

「この写真、エタン殿下が犯人じゃないって言う、十分な証拠にならないの? これを公にしてくれない!?」
「既に規制がかかってる、なのにこれを流せば俺だけじゃなく、社も潰される可能性がある。それほどの圧力だ──ヘフゲンが金にモノを言わせたんだろうな。なにより箱の中身も判らないのに、不確かな情報は出せない。元ネタの防犯カメラの画像は消されてたし」
「でも、怪しいじゃない! エレメイに箱の中身は聞いたの?」
「そもそも接触できないからな」

箱は洗濯機を梱包したほどの大きさだ、一体何を詰めてエレメイは運んだと言うのだ。

「社員も口止めされたらしくて、こんな大きな箱を運ぶ理由がないと言ってた秘書も、今はだんまりだ……うん、その辺から攻め直してみるか……」
「私にできることは!? まだしばらく宮殿にいるし!」

ティモシーはにやりと笑った。

「真面目に婚礼の儀の取材するつもりで来たんだが……こりゃスクープか?」

私は頷く。

「あなたが記事にしてくれるなら、いくらでも協力するわ!」

それでエタン殿下の無実が証明されるなら!

彼は頷く。

「エタン殿下と接触してみた方がいい」

その言葉に、思わず息を呑んだ。

「会えるかな……息子のシルヴァンも会えないって言ってたのに……」
「身内じゃダメでも、君なら平気かも知れないだろ? 恵里佳妃に結婚の挨拶くらいさせろとか」
「そっか……恵里佳でもいいからって事ね。判った、頼んで……」
「……どうかしましたか?」

静かな声に私の心臓は跳ね上がった、目の前のティモシーの背後に立つエレメイが……!

「あ、あの……!」

私は口籠った、今の、聞かれてた!?

「bambolina!(かわいこちゃん!)」

ティモシーが突然大きな声で言った。

『残念だな、男連れだったのか! またどっかで会おうぜ、ベッリーナ!』

そう叫ぶように言って立ち上がる。

鼻歌交じりに歩み去る背を見送ってから、エレメイは小さな声で言った。

「……ナンパですか」
「え? ええ、はい……あの、今の言葉は何処の……?」

英語でもフランス語でもなかったような。

「イタリア語です、可愛いと言ってました」
「あは、イタリアの方か! 女と見ると口説くって本当なんですね!」

女の子は口説かないといけないとか聞いたよな。
ティモシーがそう思ってイタリア語で話したかは判らない、ともかくアメリカ人であることは隠そうとしたんだろう。

それは効果があったらしく、エレメイからは何も聞かれなかった。


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