一生に一度の恋をしよう
***


夜、恵里佳の部屋を訪ねる。

「お風呂行きましょ」

入るなりぐいぐい背中を押されて、バスルームへ連れ込まれた。

「盗聴器の有無は宮殿の人が調べてるの、室内には一応ないとは言われてる。信用しないのは嫌だけど、万が一があるといけなからね……さすがにバスルームにはないと信じたいわ」

お湯が溜められていて、浴室内は湯気が充満していた。

「入りましょ」

え、カムフラージュじゃないの?
恵里佳は目の前でドレスを脱いでいく、私も仕方なくカットソーとガウチョパンツを脱ぐ。
二人で向かい合わせに湯船に浸かった。

「渚沙、何があったの? あなたが席を立ってから、エレメイがイライラしてたわ」
「それが……」

ティモシーに聞いた事を、小さな声で話した。

「殺、人?」

私は頷く。

「多分エレメイだろうって。ねえ? もしその件にマルグテ夫人も関わっていたとしたら、やっぱり暴いて欲しくはない?」

恵里佳は首を横に振った。

「ユルリッシュ殿下が殺されたなら、それを隠しておくほうがおかしいわ」

力強い言葉に勇気をもらった。


***


風呂を出てからも、女子トークで盛り上がる。もちろん事件に関係ない話だ。
本当になにがそんなに話すことがあるんだか。我ながら呆れる。

部屋に戻ったのは10時過ぎ、暗い部屋の明かりを灯す前に、ふと感じた。
窓の外の気配に。

カーテンを開けると、シルヴァンがバルコニーの手摺に腰掛けて水面を見つめていた。
慌てて窓を開ける、途端に冷風が吹き付けた。

「シルヴァン!」

声をかけるより前にシルヴァンは振り向いていた、私は思わず駆け寄っていた。

「いつから待ってたの!? 寒かったでしょ!」

私が生まれ育った横浜と比べれば、セレツィアは暖かい、それでもコートもなく何時間もいたら寒いだろう。

「早く中に……!」
「それ程待っては……渚沙こそ」

そう言って、シルヴァンは自然に私の髪を撫でた。

……待って……心臓、止まる……!

「髪が濡れてるじゃないか、そんな格好では風邪を引くぞ」

そのまま私を肩を抱いて歩き出す……私は足がもつれそうだった。

部屋に入るとシルヴァンはすぐに窓を閉めた、途端に冷気が止まる。

「風呂だったのか?」
「あ、うん、恵里佳と話し込んでて……ねえ、大変! アメリカの新聞記者と話ができたの!」
 
記者と言う名に興味を示してくれた。

「今日、明日って訳にはいかないだろうけど、みんながこの異常事態を判ってくれるって信じてる!」
「渚沙……」
「もしかしたら王家は滅茶苦茶になっちゃうかも知れないけど! きっとエタン殿下なら大丈……!」

全部言う前に、シルヴァンに抱き締められた。

「シルヴァ……」
「ありがとう」

耳元で声がした。

「少なくとも父が解放されるなら、それでいい」

それがシルヴァンの本心なんだ。民の為、国の為と言っても、やっぱ親の方が大事だよね。

最初触れていた体は冷たかった、やはり夜気に触れていた体は冷えていたんだろう。
思わず背中に手を回して抱き締め返した、その背中も冷えてる。
でも抱き締め合っている内に、温もりが伝わってきた。

あったかい。

シルヴァンの身体は引き締まっていて硬くて、なのに本当は心は脆くて、家族の事で壊れそうだったんだと判った。

助けたい。

エタン殿下もだけど、何よりあなたを。
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