その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
だけど、やっぱり途中で気分が悪くなり、私はトイレへ駆け込む。
吐くほどではなかったけれど目眩が酷かったので、とりあえず洗面台の前でゆっくりと深呼吸する。
そうしていると、事務課で同期の市子が「由梨、大丈夫?」とトイレに入ってくる。
市子とは、プライベートでも時々二人で遊びに行く程の仲で、今このタイミングでここに来てくれたのが彼女で良かったと安堵する。
「……体調は、まあ大丈夫。目眩が治まれば戻れる」
「体調じゃなくてさ。その……さっき島月さんが言ってたの、本当なの?」
ゆっくり慎重に、言葉を選びながら市子がそう尋ねてくる。
私は、何も答えることが出来ない。
「……やっぱ、そうなんだね。事実じゃなきゃ、その場ではっきり否定するもんね、由梨は」
「……でも、もっと上手く受け流したかった。お酒が入ってたからっていうのもあるけど、いきなりのことに頭がついていかなくて、あんな風に怒鳴ることしか出来なかった」
「仕方ないよ。あの状況だったら誰でもそうなるよ。島月さんには私からちゃんと注意しておくから」
市子と話していたら多少は気持ちも落ち着いてきて、気付けば目眩はなくなっていた。
気分が悪いことに変わりはないけれど、とりあえず部屋には戻れそうだ。
「大丈夫? 部屋戻ったらさ、私がずっと隣にいるよ。万が一からかってくるような人がいたら私が追い返すし。それなら気まずくないでしょ?」
「ありがと……」
心強い同期がいて有難い、と心の底から感じる。
その後、市子と二人で部屋に戻り、隅の方で二人で会話しながら飲み会がお開きになるのをずっと待っていた。
途中、勇気を出して一回だけ課長の方に視線を向けた。
運悪く、そのタイミングで目が合ってしまい、私は慌てて下を向いた。
……下を向いたら、涙が出そうになった。
頑張ろうって思った矢先だったのに、何でこんなことになってしまったんだろう。