その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ

二十一時を回った頃、一次会はお開きとなった。

とてもじゃないけれど二次会に行くような気分ではなかった為、店を出たのと同時にそのまま一人、駅まで消えようとした。


……けれど、その時。



「幹本さん」


背後から名前を呼ばれ、ビクッと身体が震える。
その声の主が、他の誰でもない、武宮課長だったから。


恐る恐る振り返ると、課長はいつもの飄々とした笑顔をこちらに向けながら私の方へと歩み寄ってくる。

特別酔っ払っている様子はない。
さっきの一件を気にしてほしい訳ではないけれど、あまりにいつも通りの様子だから、それはそれで傷付いてしまう。

さっきの出来事は、彼にとっては何てことないことだったのかもしれない。女性に好意を寄せられるなんて、彼からしたら日常茶飯事だろうし。


頭ではそうわかっているのに、ほんの少し、期待している部分があることに気付いてしまった。
課長にとって、私の存在が、少しだけでも特別なんじゃないかって……。


「もう帰るの?」

「ええ、まあ……」

私の返答に、彼はふーん、と答えてから何かを考えるような表情をしてみせる。
そして。


「じゃあ駅まで帰ろう、二人で」

「え?」

「話したいことあるし」


そう言うと彼は駅の方へさっさと歩き出してしまう。

とりあえず、彼の背中を追い掛けてみる。ちらっと背後を振り返れば、他の社員達は皆酔っ払っているし、二次会で行くお店を話し合っている人が殆どで、私と課長が一足先にこの場から抜けることに声を掛けてくる人はいなかった。


話したいことって……何?

不安と、そして期待が入り混じる。
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