惑溺オフィス~次期社長の独占欲が止まりません~
ふと陽介さんが足を止める。
目の前には造成した人工の川。そこにもランプが優しく揺らめき、川面を美しく照らしている。陽介さんが話して聞かせてくれた特等席は、天然木を使用したデザイン性の高いベンチだ。
そこに私を座らせ、陽介さんも隣に腰を下ろした。
「夜の特等席も素敵ですね」
ここに座るなら見晴らしのいい昼間だろうと思っていたけれど、そうでもないみたいだ。
自分が夜の一部と化したような気にさせられ、柔らかなランプのせいか、気持ちがゆったりとしてくる。
「そうだ。陽介さん、実はクッキーを焼いてきたんです」
五ヶ月前に一度は決意した別れ。そのときに私が手紙と一緒に置いた塩チーズクッキーは、陽介さんの好きなスイーツのひとつになっている。
「はい、どうぞ」
袋からひとつ取り出して陽介さんの口に持っていく。「おいしい」と言われ、調子に乗ってもうひとつ摘むと、「香奈」と名前を呼ばれた。
顔を上げた先には、いつになく甘い陽介さんの眼差し。その瞳が微かに揺らぐ。
「結婚しよう」
「……はい?」
今なんて……?
「アルカディアリゾートが無事に完成したら、香奈にプロポーズしようと思ってた」
プロ、ポーズ……。