拾い恋(もの)は、偶然か?
「名前と顔はすべて把握してるんだ。今進行している仕事の内容も全部ね。でも、音以外はすべて同じに見える。」
「っっ、」
こともなげにそう言った翔吾さんの表情は無機質で、何の感情も浮かんではいない。私をからかうための冗談かと思ったけれど、どうやら本気で言っているようだ。
部下には厳しい部長だけど、よい成果を出せばきちんと褒めてくれる人だ。付き合っていない時から部長が良い上司だと思ってきた。
だけど、そんな部長は幻だったのかもしれない、そう思うほど、今の翔吾さんからは感情が見えない。
「会社の人間たちが見る俺の背景には、俺自身は入ってないんだ。」
そう言った翔吾さんは、胸ポケットからスマホを取り出して、また外へと出て行ってしまった。
再び部屋に残された私と松田部長。さっきよりも気まずいのは当たり前だ。
なんだか、翔吾さんの闇を見た気がした。
「弟、会ったんだろ?」
「……はい。」
衛の顔を思い浮かべるだけでもイライラするけど。
「あの家では弟がすべてなんだ。翔吾なんて二の次なんて話じゃない。我が社の社長にとって、優秀であることは子供を作れることよりも下ってわけだ。」
「そんなの、変じゃないですか?」
もちろん、優秀であることは子供を作れることよりも上だとは思わない。だってそれは平等なことで、比べるまでもないことなんだから。