拾い恋(もの)は、偶然か?




「名前と顔はすべて把握してるんだ。今進行している仕事の内容も全部ね。でも、音以外はすべて同じに見える。」

「っっ、」


こともなげにそう言った翔吾さんの表情は無機質で、何の感情も浮かんではいない。私をからかうための冗談かと思ったけれど、どうやら本気で言っているようだ。

部下には厳しい部長だけど、よい成果を出せばきちんと褒めてくれる人だ。付き合っていない時から部長が良い上司だと思ってきた。


だけど、そんな部長は幻だったのかもしれない、そう思うほど、今の翔吾さんからは感情が見えない。


「会社の人間たちが見る俺の背景には、俺自身は入ってないんだ。」


そう言った翔吾さんは、胸ポケットからスマホを取り出して、また外へと出て行ってしまった。

再び部屋に残された私と松田部長。さっきよりも気まずいのは当たり前だ。


なんだか、翔吾さんの闇を見た気がした。


「弟、会ったんだろ?」

「……はい。」


衛の顔を思い浮かべるだけでもイライラするけど。


「あの家では弟がすべてなんだ。翔吾なんて二の次なんて話じゃない。我が社の社長にとって、優秀であることは子供を作れることよりも下ってわけだ。」

「そんなの、変じゃないですか?」


もちろん、優秀であることは子供を作れることよりも上だとは思わない。だってそれは平等なことで、比べるまでもないことなんだから。



< 201 / 288 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop