薄羽蜉蝣
第五章
 ちりん。

 暑くなると、嫌でも風鈴の音を耳にする。
 わかっている。
 今は昼だ。
 あれは夜泣き蕎麦ではない。

 そう思いながらも、佐奈は両耳を塞いだ。
 目を閉じると、暗闇にきらりと光るものが浮かび上がる。
 それは真っ直ぐ下に落ち、下にあるものに突き刺さって、辺りを血に染めるのだ。

「お佐奈さん!」

 いきなり手首を掴まれ、佐奈は驚いて目を開けた。
 じっとり汗をかいている。
 荒い息を吐きながら、ゆっくり視線を横に滑らすと、与之介が覗き込んでいた。

「どうしたんだ。大丈夫か?」

「な、何でも……」

「何もないわけあるか。震えてるじゃねぇか」

 手首を掴んだまま、与之介が怒ったように言う。
 開けられた障子から見える外は、まだ明るい。
 風鈴も、もう聞こえない。

 ほ、と息をついた途端、強張っていた身体から力が抜け、佐奈はすぐ横の与之介に倒れ込んだ。

「……」

 何も言わずにしがみつく佐奈を、与之介も黙ったまま抱き留めた。
 与之介の鼓動を聞いていると、心が落ち着いてくる。

「父が殺されたときも、風鈴が鳴ってたんです」

 ややあってから、佐奈が口を開いた。
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