薄羽蜉蝣
第一章
「……」

 騒がしい子供の声に、新宮 与之介(しんぐう よのすけ)は目を開けた。
 長屋の腰高障子から差し込む日は、随分高くなっているようだ。
 夢見が悪かったせいか、なかなか頭がすっきりしない。

「与之ーっ」

 いきなりすぱーんと障子が開き、近所の洟垂れどもが乱入してきた。

「与之、遅ーい! 与之介、寝坊助~~」

 きゃははは、と笑いながらまとわりついてくるのは、同じ長屋のガキどもだ。
 若い与之介は長屋の子供の、格好の遊び相手だ。

「今日は何だ」

 のろのろと起き上がり、与之介は手拭いを掴んで土間に降りた。
 井戸で顔を洗い、戻ってくると、ガキどもが布団を畳んでくれている。

「もうすぐ昼だよ。全く、これだから独り者は」

 おせんという子供が、こしゃまっくれた口を利き、持っていた竹包みを突き出した。

「おっ、ありがとうよ」

 十歳の子供に生意気な口を利かれても怒るでもなく、与之介は包みを受け取った。
 大きな握り飯が二つに、漬物が添えられている。

 こういうところが、長屋のいいところだ。
 与之介のような独り者には、何くれと周りの嬶ぁ(かかぁ)どもが世話を焼いてくれる。
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