薄羽蜉蝣
 元々この長屋は、皆何かしら脛に傷持つ者の集まりだ。
 故に他の長屋からは孤立しているが、長屋内の結束は固い。

 与之介とて例外ではない。
 故あって浪人なものの、元はれっきとした武士だった。

「おっちゃん、剣術教えてよ」

 洟垂れの一人、朝太郎(あさたろう)が、立てかけてある刀を指さして言う。

「おっちゃんはお侍だから、強いんでしょ?」

「さぁ、どうかな」

 曖昧に答え、与之介はかけてあった袴をはいた。

「朝太郎、お侍が皆強いと思ったら大間違いだよ。与之さんの刀は、使われたこともないんだから」

 おせんがすかさず口を挟む。

「何でそんなことがわかる?」

「だって与之、前に酔っ払って抜いて見せてくれたじゃない。曇りもなく綺麗な刀身だったの覚えてるもん」

「……そんなこともあったかな」

 ぽりぽりと、与之介は頭を掻いた。
 大方ガキどもにせがまれて、刀身を見せてやっただけだろうが、武士ともあろうものが、不用意に抜くなど褒められた行為ではない。

「与之に剣術は期待しちゃ駄目。使わないのに、何でそんな立派な刀差してるの。質にでも入れて、竹光を差しておけばいいのに」

 ずけずけと遠慮なく言うおせんにも、やはり怒るでもなく、与之介は薄く笑った。
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