薄羽蜉蝣
「ちっ。てめぇのお陰で、佐奈もガキも逃しちまったじゃねぇか」

 ぺ、と血と歯を吐き出し、男が与之介を睨む。

「この落とし前は、てめぇの命で償って貰うぜ」

 匕首を構え直し、男が腰を落とした。
 与之介は血に飢えた獣のような男を冷ややかに見、静かに口を開いた。

「……弥七だな。鬼神の玄八の下でも、他であくどく小金を稼いでいた小悪党」

「ほ、よく知ってるな。おめぇ、捕り方かい」

「そんなんじゃねぇ。でも、お前にとっちゃ捕り方のほうが、まだ良かっただろうよ」

 にやりと口角を上げ、与之介も腰を落とした。
 左手で腰の刀の鯉口を切り、右手を軽く柄にかける。
 その構えに、弥七がごくりと喉を鳴らした。

 空気が張り詰める。
 さぁっと風が吹き、柳の木を揺らせた。

「死ねぇ!」

 弥七が叫び、地を蹴る。
 ただの小悪党ではない、修羅場を潜り抜けてきた俊敏さだ。
 振り被ることはせず、突きの要領で一気に与之介に迫る。

 その刹那。
 しゃっという音と共に、与之介の腰から閃光が放たれた。
 きぃん、と音がし、弥七の匕首が飛ばされる。
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