薄羽蜉蝣
第八章
 洗濯桶に水を汲んで、佐奈は水が冷たい、と思った。
 季節が進んだのだろう。

「全く、与之さんはどこに行っちまったんだろうねぇ」

 お駒がわしわしと着物を洗いながらぼやく。
 与之介の部屋の障子は閉まったまま、ひと月あまりも経った。

「厄介事に巻き込まれてなきゃいいけど」

 嬶ぁ連中も、少し心配そうに言う。
 が、与之介はおせんを助けに行ったきり帰って来てないわけではない。

 その後ちゃんと皆の前に姿は現した。
 そして、遊びに行くと言って消えたのだ。
 故に、おせんの事件と与之介の失踪を繋げて考える者はいない。

「ま、大家のところにも別に連絡ないようだから、そのうち帰ってくるだろ」

 じゃばじゃばと水を捨てて、嬶ぁどもが去っていく。
 その場に残ったのは、佐奈とお駒だけになった。
 しばらく洗濯物をざばざばと洗っていたお駒が、ちらりと視線を上げた。

「もしかして、おせんを助けに行ったときに、何かあったかい?」

 ぼそ、と佐奈に言う。

「おせんから、あのときのことは聞いてるよ。公になってないけど、切り放ちで逃げた罪人が、赤松稲荷で殺されたんだって。そいつが犯人だったんだろ?」

「切り放ちで逃げた罪人っていうのは知りませんでしたけど。でもずっと逃げてた盗賊の一味だったようです」

 お駒はおそらく、佐奈の正体についても聞いただろう。
 それでも変わらず接してくれる。
 だから佐奈も、正直に答えた。

「殺したのは、与之さん……だよね」

 こくりと、佐奈は顎を引いた。
 はぁ、とお駒がため息をつく。
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