薄羽蜉蝣
終章
「与之ーっ! 遊ぼう!」

「お芋持ってきたから焼き芋しよう!」

 相も変わらず与之介の部屋からは、子供の楽しげな声がする。
 すっかり肌寒くなった空の下、洗濯物を干しながら、佐奈はちらりと斜向かいの部屋を見た。
 与之介の部屋の土間に、子供たちが蹲っている。

「全く、与之さんのところに、火種なんざあるわけなかろうに」

 呆れたように言い、お駒は洗っていた着物を、ぎゅっと絞った。

「結局元の木阿弥ってやつか。折角お佐奈ちゃんの部屋に放り込んだってのに、何をさっさと元の部屋に戻ってるんだろうねぇ」

「い、いやそりゃやっぱり、いきなり転がり込まれても。ほら、そこに自分の部屋があるんだし」

 赤くなって佐奈が言う。
 が、お駒は口惜しそうに顔をしかめた。

「だから、さっさと部屋を引き払っちまえばよかったんだ。鶴橋の親父さんに話を聞いたときに、先手を打って解約しておけばよかった!」

「そんなことしたら、今与之さん、ここにいないかもしれないじゃないですか」

「なわけないだろう?」

 にやりと笑みを浮かべ、お駒がぐいっと佐奈に顔を寄せる。

「部屋がなきゃ、今頃お佐奈ちゃんは新宮の若奥様だよ」

「なな、何言ってるんです」

「ま、与之さんはしがない長屋の浪人だから、お佐奈ちゃんも若奥様とはいえ、長屋の嬶ぁの仲間入りってぐらいだけどね」

 ははは、と笑い、赤い顔の佐奈をからかう。
 そのとき、わらわらと子供たちを連れて、与之介が部屋から出てきた。

「おぅ佐奈。ちぃっと竈貸してくれや」

「あ、はい。て、竈で焼き芋する気ですか」

「下手に焚火なんぞして、火事になったら目も当てられねぇからな」

 笑いながら、与之介は子供たちと佐奈の部屋に入っていく。
 それをお駒が、にやにやと見た。

「何ですかっ」

 ぎ、と佐奈が睨むと、お駒はまた、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。

「とはいえ、荒療治が効いたみたいだねぇ。最近ぐっと近しくなってるじゃないか。前まで与之さん、『お佐奈さん』だったのにさ」

 う、と佐奈が口を引き結ぶ。
 与之介がこの長屋に帰って来て変わったところといえばそこだ。
 お互いの想いを確かめ合った荒療治のお陰だろう。

「もうとっとと一緒になっちまいな!」

 他の嬶ぁどもも笑いながら、真っ赤な佐奈を置き去りに、各々部屋に帰っていった。
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