薄羽蜉蝣
 夜、佐奈が夕餉を作っていると、ひょこりと与之介がやってくる。

「うう、さぶ。やっぱり火のある部屋は違うな」

「一体今までどうやって冬を越してたんです」

 竈に張り付く与之介を奥へ追いやり、佐奈は手早く二人分の膳を作る。
 二人で膝を突き合わせて夕餉を取る。
 最近の日常になっている。

「確かにこのまま冬になったら、あの部屋に一人じゃ辛ぇなぁ」

 佐奈が与之介のために用意した酒を舐めながら、ぽつりと言う。
 そして、ちらりと佐奈を見た。

「こっちをあっちと、どっちがいい?」

 くい、と顎で自分の部屋を示す。
 少し、佐奈の顔が赤くなった。

「う、う~ん……。与之さんの部屋のほうが、日当たりはいいかもしれませんね」

 ぼそ、と言うと、そっか、と与之介が笑う。
 が、ちょっと渋い顔をした。

「けど俺の部屋にゃ、ガキが飛び込んできやすくなってるからなぁ。ちょっとは勝手の違う、こっちのほうがゆっくりできるかもしれん」

「あはは。確かに皆、与之さんの部屋には目を瞑っても行けるでしょうね」

「折角佐奈と二人でゆっくりしたくても、いつ何時邪魔が入るかわからんな」

 しみじみ言う。
 二人で、という言葉が、じんわりと胸に染みる。

 与之介が帰って来てからも、佐奈は少し不安だった。
 目を離したら、またどこかに行ってしまうのではないか。
 本気であのまま、同じ部屋に繋ぎとめておきたかったぐらいだ。

 与之介が自分の部屋に戻り、日常が戻っても、必ず毎日姿を見ないと不安だった。
 そういう佐奈の不安を感じてか、与之介から夕餉に来るようになったのだ。
 呼び方も、その頃から変わった。

「まぁ、ガキには慣れておいたほうがいいかもしれんし」

 何気ない風に言い、与之介は猪口を置くと、膳を押しやって佐奈に身を寄せた。

「真冬になる前に、どっちかの部屋を引き払おうな」

 ぎゅ、とあのときのように、手を握る。
 赤い顔のまま、佐奈はこくりと頷いた。



*****終わり*****
< 61 / 63 >

この作品をシェア

pagetop