くまさんとうさぎさんの秘密

交差点

by 時田 総一郎

学会なんて、何年ぶりだろう。

論文のアクセプトが来て、メタルと再生機については、特許もとれた。
会社にも、婚約を伝えたが、元々がうるさくない会社だから、みんな面白がって祝ってくれただけだった。

会社の方は何も言わないけれど、中野馨は公職にあるから、若干ややこしいと言えばややこしい。周りから何も言われないだけに、足元すくわれないか心配になって、
籍を入れるのは、うちから1つ商品化できた後か、できちゃった時にしようということになった。

論文も特許も待たされることもなく、えらく順調に事が運んで、間に合うからと、冬の学会にねじ込んだわけだが、、トントン拍子にやってること一つ一つ大きな話になっちゃって、怖いくらいだ。

出そう出そうと言うから、中野馨が発表するのかと思ってたら、「時ちゃんか、くまちゃんがやってよ。」という話になった。中野馨は、冬の学会では、半日間座長を勤める。

義明君と相談の上、3次元のデータの扱いと、メタルの調整と再生機の改良点について、役割を分けて二人で発表することになった。
義明君からすれば、デビュー戦になるわけだが、彼は、学校名伏せてほしいと言った。つまり、彼は、中野馨と共同研究しているカナダの企業の人間ということになる。
熊谷泰明氏が起業したこの会社は、3次元動画のストリーミングについて、今でも最先端の技術を持っている。再生する動画の撮影方法により、いろいろとあるものの、コアな部分で、この会社が持っている技術は安価で汎用性が高い。
元々は、超音波画像のリアルタイム再生からシェアを広げたが、この会社無しに3次元での再生は語れない。

学会発表は、さらっと済ませ、デモンストレーションに力を入れる。安全面に配慮し、見学者には、部屋の外から見てもらう予定だ。

この日は、俺の会社の人間と義明君と俺とで、1日に6回のデモンストレーションをこなす予定だ。カナダからも、義明君の親戚という人が来ていた。

開始前にデモンストレーション会場の準備をしていると、初老の男性が、菓子折を手に、こちらにやって来た。
「中野さんいるかな??」
菱川だ。大学のホームページに載っている、貫禄のある風貌そのままだ。
「今外してます。何か伝えましょうか??」と、義明君が対応した。
「そうか。。これ、差し入れって、伝えてもらえるかな?そう言えば分かるよ。」と、菱川は言った。
「念のため、お名前と連絡先お預かりしても良いですか?」と、俺は尋ねた。
菱川は、めんどくさそうな顔をした。
「君は誰?」
「中野さんの共同研究者の時田です。」
「君が、時田さんか。」
彼は、やっとまっすぐこちらを見た。
「中野さんの元指導教官の菱川だ。今は、私立大学で教授をやっている。論文と特許おめでとう。時間があれば、うちの大学でも、3人に集中講義お願いしたい。引き受けてもらえるなら、正式に打診するよ。3人無理なら、来れる人だけでもいいよ。」
菱川は、淡々と話す。社交辞令なのか、本気の確認なのかはわからない。
「ありがとうございます。会社に相談します。」
俺も、即答は避けた。
「連絡待ってるよ。連絡先は中野さんに聞いて」と、彼は言って、すぐに立ち去ろうとした。
ちょっと迷ったけど、俺は言った。
「分かりました。実は、中野さんと、婚約しました。」

ちょっと間があった。
「そうか。。」

話が唐突だったからなのか、それとも、思うところがあったからなのか、彼の表情は、俺には分からなかった。
「おめでとう。」と、彼は言った。

俺だけが気にしてることで、相手は何も気にしていないかもしれない。

「ありがとうございます。」

俺は、これ以上突っ込みすぎるのは止めようと思った。
学会の裏でやっている企業紹介ブースには、思いの外子どもが多い。
最近は、一貫校の受験志望の小学生から、大学を見に来た中高生から、大学生まで、何でもありだ。
企業紹介ブースは、一般向けのプレゼンもあり、一般向けというと、中学生くらいも想定の範囲内だ。

菱川教授がキョロキョロしながら、その場を立ち去ろうとしたとき、すぐ脇にいた女の子が、彼の背中を押した。
「お父さん」と、その子は言った。
菱川は、その子の肩を抱く。
「来たか。」

彼は、彼女に満面の笑顔を向けた。
「来たよ。お母さんも来てる。呼んでこようか。」
「いや、お父さんが行くよ。」と、彼は言った。
彼女は、先にたち、こっちこっちと、手招きする。

菱川は、一度こちらを振り返った。
「そういや、中野さん、子どもほしがってたよな。」と、彼はぼやくように言った。
「幸せにね。」と、彼は言った。

俺は、何故か、何も言葉がでなかった。
自分でも理由がわからない。




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