くまさんとうさぎさんの秘密

迷子のウサギ

by 宇佐美 優那

くまさんに電話した。
「今日もおじゃましていい??」
「勝手に入ってきていいよ。宇佐美のことは、顔認証登録しといたから、玄関で一回防犯カメラの方見て、ノブに触ったら、普通に開くから。」
「あのさ、お気遣いありがたいんだけど、写真とか、登録する前に言ってくれる??」
「ドアノブの静脈認証も登録した。あと、空かなければ、防犯カメラに「くまさん」て言ってくれたら、音声も登録した。」
「他には??」
「以上。」
私は、普通に玄関入った。
玄関からリビングまでの廊下の壁を、例の一回り小さなロボット掃除機が掃除していた。ロボット掃除機は、ライトのところまで来ると、はたきを大きく広げて、くるくると埃を払った。生きているみたいだ。「ここも埃たまってるわ」とか、そんな声が聞こえそうなくらい。
でも、音は無音に近かった。
リビングの方に向かうと、中から明かりが漏れていた。

真っ暗な部屋の中で、立体画像の明かりだけが、こうこうと照らされている。
くまさんが、ソファにどっかり腰かけて、何か動画を見ていた。

映し出されているのは、何だろう。何か、脈打っている生き物だ。

「お帰り。飯食った??」と、くまさんは言った。
「食べてないけど、いいよ。」と、私は言った。
「体壊すよ。もう一回言うけど、周りの人がちゃんと食べてないと、俺が安心して飯食えないんだよ。」
「くまさんは食べた?」
「俺は、もうすんでる。」
「じゃあいいじゃん。」
「そんなわけにはいかないんだよ。」

空に浮かんでいた動画が消えた。
「さっきの何??」と、私はきいた。
「あれは、俺」と、くまさんは言った。
「ひとみの腹の中にいたころの俺。」と、くまさんは言いなおした。
やっぱり、それは胎児の立体動画だった。
「もう一回見せて。」
「、、」
もう一度、胎児があくびする姿が空に浮かんだ。

「この動画のソフト作ったのが、俺の父親なんだよ。リアルタイムで、俺のこと見たかったんだって。」
「ソフト作るって、想像もつかないや。」
「俺らが生まれたころ、胎児を見る超音波画像は、2次元動画しかなかった。
インターネットの接続状況も悪くて、軽い2次元動画を送る技術が重宝されてたらしい。
俺の父親は、技術者だったわけ。三次元は、医療機器メーカーが内視鏡の開発のために長い目でものすごい金額投資してたんだ。いろんな方法があるけど、その中でもオヤジが得意なやり方で、超音波画像を3次元動画にしたわけ。」

「よくわかんないけど、すごいね。」
「当時は、撮影した後、処理に時間がかかって、リアルタイムでは再生できなかったんだ。
今は、内視鏡の拡大画像として使い物になるレベルに近ずいてる。
かなりなめらかに時間差なく再生できるけれど、医療機器レベルにとなると、再生の不安定さとか怖いから、まだまだ実用化は先かな。。
医療業界は、3次元に投資する。共同研究にすることで研究費がめちゃめちゃ出る。でも、おもちゃとか、セキュリティ機器とかでもいいからどんどん商品化したいんだ。盗まれてもいい。技術の単価が下がって、使われる場面が増えないと、精度が上がる日も実用化される日もどんどん遅れるから。」
「親父が、立体動画のソフトを売るためだけの会社を作ったのが、俺が生まれた次の年。
親父は、本当に人を使うのも育てるのもうまくって、ソースチェックやらバグチェックやら、頼まれたことができたら小遣いもらう約束だったんだけど、間違いとかなおすと、本気で助かった助かったって喜んでくれて。横から中身を盗ませたんだ。親父が、俺に仕事教えるための会社だったから、売ってるソフトの中身が、すっごいシンプルで無駄がないんだよ。今になって考えてみたら、すっごいいい仕事なんだ。そういうの、出来上がりにものすごい影響あるから。」
(全く分からないけど、聞き流しといて問題もなさそう。。)

「可愛いね」と、私は言った。優矢が生まれた時のことを思い出した。立体動画ではなかったけど、胎児の写真は何枚も見た。「くまさんだけど、おサルさんだわ。生まれてくるまで、小さくなっていい子でお腹で待ってるの。」私は、笑った。
「生まれたら、必死におっぱい飲んで、すぐにプクプクになるんだよね。」
「これ見てかわいいって言ったの、俺の家族以外じゃ、宇佐美が初めてだわ。」と、くまさんが言った。
「くまさんの、男の子の印、見つけちゃった。」私は、笑った。お腹のなかで、結構大きくなってからの様子だと思う。優矢の時は、男の子かどうかみんなでああでもないこうでもないやってたけど、見えないまま産まれてきた。
「お前、エロいわ、!やっぱり。」と、くまさんが言った。くまさんは、ちょっと顔を赤くして、首にかけたタオルで、口元を隠した。
私も、気がついて、恥ずかしくなって、顔が火照った。
「そんなんじゃないよ。私、長女で、小さいときからちびっ子のお世話してきたから、赤ちゃん大好きなんだ。くまさんつったって、赤ちゃんでしょ。男の子のオムツもかえてきたから、見慣れちゃってて。」
くまさんは、タオルで頭を隠した。
「お前、天然だよな。俺、お前のことダメなんだよ。その、、苦手っつーか何つーか。。」
「苦手か。。結構仲良くなれたと思ってたんだけど。。ちょっとショックだわ。くまさんが嫌なことは言わないように気を付けるね。デリカシーなかった。ごめん。」
「いや、別に悪いとかじゃないよ。俺のことは気にすんなよ。」
くまさんは、頭をかきながら立ち上がった。逃げ出したかったのかと思うと、ちょっとショックだった。
「ホント、苦手なとこなおすから、嫌いになんないでよ。」と、私は、くまさんのズボンのわきを引っ張りながら言った。
「、。、」
「そんな、簡単に女が男に媚びちゃダメじゃん。」と、言って、くまさんは、私の頭のてっぺんをくしゃくしゃっとなでた。
「そんなんじゃないよ」
「知ってる。それに、別に嫌いとかじゃないから心配すんなよ。時々自分のペース狂わされるだけ。」
くまさんは、立体動画を切った。切ると同時に部屋が明るくなった。
「俺寝るわ。そこの雑炊食っとけよ。家じゃ、20時過ぎたら消化に良いものしか出ないからな。それと、昨日の部屋使ってくれていいから」と、くまさんは、スタスタと行ってしまった。
(苦手とか言われちゃったよ)
私は、ソファーの上に寝そべった。何だかちょっと疲れたし、ショックだった。






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