不良に恋した私 ~Is there love in the air?~
3、些細な約束 ~Is there love in the air?~
次の日。
丸山くんの髪の色は、赤から、前よりはちょっと抑えめの明るい茶色へと変わっていた。
昨日の色も似合っていたが、この色も悪くない。
でもやっぱり染めていることには変わりないので、今日も加藤先生に厳しく注意されていた。

いくら留年して目立つとはいえ、加藤先生は丸山くんにだけ特に厳しく指導している気がした。
何か他に理由がある気がして仕方なかった。

それから一週間ほどして、部活動選びが始まった。
もともと部活動もあんまり盛んではない学校だったが、多少有名だった女子サッカーに、私は入部するつもりでいた。
しかし、今年、顧問の先生が別の学校へ行ったのを理由で、廃部になったようだ。
さすが不良がたまる学校、そんなことが簡単に起こっても不思議ではない。

始業式に部室に出入りしていた所をみると、丸山くんは間違いなくバスケ部だろう。
丸山くんに少しでも近づきたいなら、マネージャーをやるのが手っ取り早いだろうが、あまりに露骨過ぎる気がして、私は女子バスケ部に入ること決めた。

女子バスケ部に入ってみると、始業式に一緒に帰っていた丸山くんの友達二人も、バスケ部員だということがわかった。

バスケ部といっても、男子も女子も、もっぱら部室で、タバコを吸うために集まっているようだった。

タバコを吸わない私は、誰に言われたでもないが、いつの間にか、放課後は部室のドアの前に座り、先生が来ないかの見張りをする役になっていた。

これでは、同じ部にいても、丸山くんと話す機会はほとんど作れそうにない。


部活動が始まって一週間ぐらいたった、
四月下旬のある日。

この日もいつも通りドアの前に座ってると、
「えーっと、金井……なんだっけ?」
「美弥です。先輩」
女子部の二年の先輩が私に声をかけてきた。
名前がわからなかったが、わざわざ尋ねるのも煩わしかったので、誤魔化すように先輩とだけ私は言った。

名前はわからなくても、上履きの色で学年だけはわかったからだ。

「前から気になってたんけど、これ、美弥ちゃんに、なんかメリットあるの?」
先輩が言っているのは、ドアの見張り番のことだろうか?
私の言葉を待たず、先輩は話を続けた。
「あ!わかった!バスケ部に好きな人がいるとか?」
突然の先輩の言葉にドキっとして顔が熱くなった。
好きな人と言われ、一番最初に頭に浮かんだのはもちろん丸山くんだった。
でも、自分自身それが恋なのかどうかまでは、確信が持てなかった。
でも、今一番気になる人なのは確かだ。

「気になる人はいます……」
先輩は私の言葉に不思議そうな顔をした。
「何?まだ好きかよくわからないってこと?誰?……拓?うーん……りょう?……」
名前で呼ぶあたり、先輩はバスケ部の男子と親しいのだろう。
下の名前で拓とか、りょうとか言われても、誰なのかあまりピンとこなかった。

「え、あ……もしかして、理人?」
その名前には聞き覚えがあった。
丸山くんのことだ。
そう思ったら顔が反応してしまった。
先輩はその変化にすぐに気がついたらしい。

「理人なんだぁ?あ……ここだけの話……あいつ、好きになったらやばいよ」
「え?やばいって、なんですか?」
詳しく聞こうとしたら、後ろのドアが開いた。
顔を出したのは噂の張本人、丸山くんだった。

「よっ!理人」
何事もなかったように、
先輩は丸山くんに明るく声をかけた。

「なつみ、金井と何話してんだ?」
丸山くんが親しそうに先輩のことを名前で呼んだ。
丸山くんが女の子を呼び捨てするのを、私は初めて聞いた。
元彼女なのか、今の彼女なのか、どちらにしても、なつみ先輩が羨ましかった。
なつみ先輩の意味深な発言も、仲がいいから出たことなのだろうか。

「美弥ちゃんと、女同士の話だよ、ねぇ~?」
なつみ先輩が私に相づちをもとめる。

「どーでもいいけど、そいつに変なこと吹き込むなよ」
「どーしよっかなあ~?……理人次第かな」
なつみ先輩は私になにやら目配せをした。
私がきょとんっとしていると、なつみ先輩は、部室を覗き込み、
「ねぇ~みんなー、なんか飲み物とか欲しくない~?
理人と美弥ちゃんが買いに行ってくれるって~」
っと、急に部員に声をかけだした。

私と丸山くんを二人きりにさせようとか、そういう作戦なんだろうか。

「おい、なつみ!なんだよ、どういうつもりだよ」
「いいじゃん、いいじゃん。美弥ちゃん水分補給してあげないと倒れそうだよ」
なつみ先輩の言葉に、丸山くんが私の方をジッと見てきた。
確かにずっと日の当たる所に座っていたせいか、喉が渇いていた。

「わ、私は、大丈夫です。でも、先輩たちが必要なら、私が何か買ってきます」
私は丸山くんに迷惑かけないように、慌てて発言した。

でも、丸山くんは仕方無いなって顔をすると、
「おい!てめぇーら、注文とるぞ!金は出せよ~」
っと、手早くみんなの注文を紙にまとめ始めた。

「金井、行くぞ」
丸山くんは、注文を取り終えると、早速コンビニの方へと歩き出した。
背が高いからか、歩幅が違うので歩くのが早い。
私はその後をちょこちょこと小走りで着いて行った。

正門のところぐらいまで来て、やっぱりなんだか悪い気がしてきて、やっぱり一人で行こうと思った。
それを伝えようとしたら、丸山くんが急に止まり振り返ったので、危うくぶつかりそうになった。

「金井……」
丸山くんの手が私の頭に触れた。
「あちっ!やっぱな……髪、焼けてねぇか?今日、日差し強ぇーしな」
丸山くんは首に掛けていたフェイスタオルを帽子がわりに、私の頭に被せてくれた。

「あ、ありがとうございます」
丸山くんの思わぬ優しさに顔が熱くなるのがわかった。
照れてる顔を見られないようにタオルで隠していたら、丸山くんが突然、爆笑しだした。

「おまえ、そういう田舎くさいの、妙に似合うな~」
さっきまでの喜びもたちまち消えさり、私はむっとした。
タオルを外して返そうとしたが、丸山くんが手でタオルを押さえていたので出来なかった。

「丸山くん?」

丸山くんがジッと見つめてくる。

また前髪が目にかかっていて、丸山くんの表情が読めない。
背伸びすれば前髪に手が届きそうだったが、部室の時みたいに、私はまたその瞳に吸い込まれて動けなくなってしまった。

「笑って悪かった。だから……外すな。せっかくの綺麗な髪が傷むぞ」
私にぷいっと背中を向けると、コンビニの方へと歩き出した。
そんな丸山くんの耳が、またほんのり赤い気がしたのは私のきのせいではないだろう。
大事にしていた髪を誉められ、私は嬉しくて思わずスキップしたくなる気持ちを押さえながら、丸山くんの横を並んで歩いた。

出会ってまだ、ひとつきくらいだが、少しずつだけど丸山くんのことが見えてきた。
ぶっきらぼうだけど、本当は優しくて、そして少し照れ屋な人なんだ。

「うわー、あいつらの注文面倒くせぇ~」
丸山くんの手にしたメモには、いろんな種類の飲み物が書かれていた。
確かにみんなバラバラ過ぎて探すのが大変そうだ。
「全員、炭酸にしてやろうかな~」
最初から全員一緒にする気なら注文を聞いた意味がないと思った。
「丸山くん、炭酸好きなんですか?」
「いや。俺はどっちかつーと苦手かな。だから、嫌がらせ的な?」
とかなんとか、ブツブツ言っていたが、
丸山くんはきちんと頼まれた通りの物を探して買っていた。

やっぱり、丸山くんはいい人なんだと思った。

みんなの注文を買い揃えたら、二袋にもなったが、
何も言わず当たり前のように丸山くんが全部、しかも片手で持ってくれた。
重そうな荷物も軽々と持ってくれるところに男らしさを感じて、私の胸がまたキュンとした。

「アイス食うか?」
学校に戻る途中、さっき買った袋の中から、丸山くんがアイスを取り出した。

「いいんですか?誰かの注文なんじゃないですか?」
「いや、俺が買った。やるよ」
「あ、ありがとうございます。いくらですか?」
私がアイスを受け取りながら、慌ててお金を払おうとしたら、

「バカ、いいよ。俺のおごり」
っと丸山くんは軽い感じで言った。

「でも……」
私が申し訳なく思っていると、
「じゃあ、次回は金井が俺におごれよ、倍返しな」
っと丸山くんが冗談っぽく言って笑った。

さりげなく交わされた『次回』というフレーズに、トクンっと私の胸が高鳴る。
丸山くんはなんとも思っていないだろう、そんな些細な約束にさえ、私は胸をドキドキ、ワクワクさせられていた。

「ありがとうございます」
「……あ、あのさ……それ、ずっと、気になってんだけど……しゃべり方、わざと変えた?」
丸山くんが少し怒った表情で私に問いかけた。
「しゃべり方ですか?……」
意味がわからず、私は聞き返した。

「同じ学年なんだし、なんか丁寧に言われると、逆にバカにされてる気がして仕方ねぇ。どういうつもりか信ねぇけど、最初の時みたいに、ため口で話せよ」

「あ……」
丸山くんをバカにしたつもりは、さらさらなかった。
部活は他の先輩もいたし、なるべく丁寧に話さなきゃいけない気がしてた。
でも、その態度が知らぬ間に丸山くんを傷つけていたなんて思いもよらなかった。
何を言ってもただの言い訳になりそうで、どうやって謝ればいいのかわからなくなった。
「ごめん」
もらったアイスを握ったまま、私はそのたった一言を言うのが精一杯で、丸山くんの顔を見ることもできなかった。

「せっかくのアイス溶けちまうぜ」
その声に顔をあげると、丸山くんは全然気にしてない顔で、解けそうになっているアイスを食べていた。

私もこぼしそうになりながら、慌ててアイスをパクパクと食べた。
「暑いときに食べるアイスは特別、美味しいね」
丸山くんは私の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「だろ?これからもっと暑くなるし、あんなとこに無理して座ってることねぇぜ。それでもし、誰かが文句言ってきたら、すぐに俺に知らせろよ」
「……うん、ありがと」
こんなにも優しくて思いやりがある丸山くんが、なんで髪を染めたり不良のなりをしているのか、私は不思議で仕方がなかった。
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