不良に恋した私 ~Is there love in the air?~
4、心の内側に近づきたい ~Is there love in the air?~
すっかり桜も散り、
気候がよくて、うとうとしがちな五月上旬の頃。

今日は丸山くんは休みかと思ったら、
昼過ぎから学校に来た。

「丸山、教科書はどうした?」
授業が始まったのに、
机に教科書を出さずにボーッとしていた丸山くんを注意した。
よりにもよって加藤先生の授業だった。

「ノートは?筆記具は?」
「あ……鞄、忘れた……」
丸山くんはたった今、鞄を忘れたことに気がついたようだった。
ただの言い訳かと思ったが、
本当に鞄を持ってきていないようだった。

「丸山、おまえ……連絡なしに遅刻してきたと思ったら、
鞄を忘れただとぉ?!ふざけるなっ!真面目に授業受ける気あるのかっ!」
丸山くんの態度に加藤先生はブチ切れていたが、
クラスメイトはクスクスと笑っていた。

「……やる気がないなら今すぐ帰れ!」
丸山くんは、ぼーっとした様子で立ち上がった。
加藤先生に何を言われても、上の空な感じで様子が少し変だ。

「俺、やっぱ、帰るわ。加藤先生も……あんまりカリカリしてると、倒れちゃいますよ」
加藤先生に強く怒鳴られたのにもかかわらず、それに少しも動じることなく、
丸山くんは悪びれもせずに教室を後にする。
加藤先生はもちろん止めようとしない。
丸山くんは、本当に教室を出ていってしまった。

二人のやり取りに、クラスメイトはざわついた。

「授業始めるぞ~」
加藤先生は何事もなかったように、授業を始めた。

今すぐ、追いかけたい!

誰も何も気づいてないようだけど、
今日の丸山くんはいつもと様子が違った。

だてに、いつも丸山くんのことを見ていた訳じゃない。

何かあったに違いない。


「加藤先生、朝から……お腹痛くて治りそうにないので、早退してもいいですか?」
今まで、学校をサボったことなんてなかった。

「金井……大丈夫か?……気をつけるんだぞ」
「……はい」
加藤先生は薄々感ずいていたかもしれない。
私が丸山くんの後を追おうとしていることに。

「……失礼します」
そういうと私は鞄を持ちゆっくりと立ち上がった。

体調が悪いと言った手前、走ることも出来ないので、なるべく早歩きで丸山くんの後を追った。
門のところで、ようやく丸山くんに追い付いた。
丸山くんは振り返り、私に気がつくと少し驚いた顔をした。

「金井……なんで付いてきた?」
私は丸山くんの横に並んで校門を出た。

「わかんない。気がついたら、追いかけてた……」
「……暇人か。俺と居たら金井まで、目ぇつけられるぜ?……俺のことなんて、ほっとけよ」
丸山くんの言葉に、私はほぼ無意識に呟いていた。

「ほっとけないよ、心配だもん」
口にしてから、結構、大胆な発言だったことに気付き、私の頬がぽっと、熱くなった。

「バカか……マジで」
そう冷たく呟きながらも、視線をそらした丸山くんの耳が、私につられて少し赤くなっていた。

照れ隠しからか、丸山くんの足取りが急に速くなる。

「あ、待ってっ!」
どこに行くのかわからなかったけど、私はその後ろをトコトコと付いていった。


総合病院に着いた。
本当に体調が悪いのかと思ったら、どうやら誰かのお見舞いのようだ。

「母親だよ」
そう言って病室の中へ一人で入って行った。

「理人、戻って来てくれたの?」
「母さん、動いちゃだめだって!無理して倒れたんだから、今日一日くらいは安静にしてろよ」
病室の中から、母親に心配そうに話しかける丸山くんの声が聞こえてきた。

「そういえば理人、鞄、病室に忘れて行ったでしょ?……そんなんで、ちゃんと授業受けられたの?」
「……大丈夫だよ。俺のことは心配いらないから」
事情を何も知らない加藤先生から見たら、丸山くんの行動は、ただのサボりで、やる気のないように見えたかもしれない。
でも、実際は全然違った。

丸山くんは、不器用なのか、あまり言い訳をしない。
だから加藤先生には何も伝わらないから、わかり合えそうにはない。

「あら?誰かと一緒に来たの?」
病室のドアの磨りガラスの向こうに、私の影が見えたようだ。

「ああ、隣の席の奴だよ。勝手に着いてきた。金井、入れよ」
丸山くんに言われて私は病室の扉をそっと開けて中へ入った。

「あら、女の子」
「初めまして、金井美弥です。お体、大丈夫ですか?」
私は初めて会う丸山くんのお母さんに少し緊張しながら、お見舞いの言葉をかけた。
「ありがとう。ちょっと疲れがたまってただけだから大丈夫よ。入院なんて理人も医者もちょっと大袈裟なのよ」

丸山くんは病室にあったスクールバッグを掴むと、
「母さん、俺はもう帰るぞ。鞄……取りに来ただけだから」
っと、さっさと病室を出ていってしまった。

「あらら、もう帰っちゃったわ」
丸山くんのお母さんが寂しそうに呟いた。
「ごめんなさい。私が着いてきちゃったからかもしれません。丸山くん、本当は、お母さんが心配で、授業どころじゃなかったはずですから」
若くて、とても優しそうなお母さんだった。
「……美弥ちゃん」
丸山くんの上の空の原因はお母さんだった。それがわかっただけでも、追いかけた意味があった。
「お体、大事にしてくださいね」
丸山くんのお母さんにおじぎをして、私も病室を出ていこうとしたら、
「待って、美弥ちゃん!」
っと、丸山くんのお母さんに、引き止められた。

「……実は、あのね、急にこんなこと話したら迷惑かもしれないんだけど……あの子が心配で……」
丸山くんのお母さんは、私を近くにあった丸椅子に座らせると、
病室の外にいる丸山くんに聞こえないようになのか、小声で話し始めた。

「あのね……私ね、継母なの。理人の母親はあの子が小さい頃に亡くなったみたいで、私は理人が十歳の時に再婚して母親になったの。でも、理人の父親もその二年後に亡くなってね……。だからなのか、今日みたいなことがあると、ちょっと不安になるみたい。私まで、また居なくなっちゃうんじゃないかって、それにあの子……」
丸山くんのお母さんが、まだ続けて何かを言おうとしたが、
後ろの病室の扉が開いて、丸山くんが奥にいた私に声を掛けてきた。

「おい、金井、何してる?措いてくぞ」
「ごめん、すぐいく」
帰り際に、丸山くんのお母さんは、私の両手を握って小声で言った。
「理人のことよろしくね」
私は丸山くんのお母さんを安心させたくて、笑顔でうなずくと、病室を出た。


「金井、帰り道わかるか?」
丸山くんの言葉に、私は首を横に振った。
何も考えずに付いてきたから道を覚えていなかった。

「じゃあ、とりあえず、俺んちで休むか」
しばらく歩くと古びたアパートに辿り着いた。
丸山くんはドアの鍵を開けながら、
後ろにいた私に声をかけた。
「あ、今朝バタついてたから、ちょっと散らかってるかも」
丸山くんの後に続いて、私も中に入った。

「お邪魔します」
私は靴を脱ぐと、部屋にあがらせてもらった。
部屋に入ると右にキッチンと冷蔵庫があって、奥に二部屋あるようだった。
食事中に倒れたのか、部屋の中は、朝食途中のお皿が食卓にそのまま置きっぱなしになっている以外は、きれいに片付いていた。
お母さんがきちんとしているのか、丸山くんが気にするほど散らかってなどいなかった。


「麦茶ぐらいしかねぇーけど、そのへん座ってろ」
私は奥の和室に敷かれた座布団に座って待っていた。

「ほい」
「ありがとう」
丸山くんは麦茶を手渡すと、すぐにキッチンへと戻っていった。

丸山くんがシンクの前で、私に背を向けて立っていた。
何をしているか見えなかったが、また私から離れて、一人、タバコを吸っているんだろうか。


「金井……おまえさ……」
私に背中を向けたまま丸山くんが話しかけてきた。
「うん……」
私はもらった麦茶をコクっと口にした。
乾いた口に冷たい麦茶が優しく潤う。

「あのさ……」
「……?」

静かな部屋に時計の音だけが鳴り響く。

「……それ飲んだら送ってくよ」
何事もなかったかのように丸山くんは言葉を続けた。

言おうとした言葉を飲み込んだのだろうか。

私は持っていたグラスを目の前のコタツの上に置き、立ち上がった。 丸山くんに気づかれないようにゆっくり、キッチンへと向かった。

丸山くんはやっぱりタバコを吸っていた。

私は後ろからそっと、タバコを持っていない方の手に触れた。
丸山くんは、ビクッと小さく体を震わせて、驚いた顔で振り返った。

「バカ、何、こっち来てんだよ」
丸山くんは慌ててタバコの火を消した。

「丸山くん……」
振り返った丸山くんに、私は子供が甘えるように抱きついた。
「金井?どうかしたのか?」
丸山くんが私の顔を心配そうに覗き込んできた。

丸山くんがタバコを吸っているのを知ってから、私はずっと考えていた。
どうすれば丸山くんのタバコを止めさせることができるだろうか。
もし、何かの寂しさを誤魔化すために吸っているのだとしたら、その寂しさを、私が埋めてあげられないだろうか。

そんなことが、なんの取り得もない私に果たして出来るのだろうか。

「……キス……したい」
私の唐突なお願いに、
丸山くんは驚いた表情を浮かべた。

「何?俺のキスにはまっちまったの?」
丸山くんはわざとふざけた感じで、私のことを軽くあしらおうとした。

タバコの代わりに、寂しくなったらキスしてあげるとか、そんなの、きっと子供騙しにもならないかもしれない。

それでも、どうにかして、丸山くんの心の内側に、少しでも近づきたかった。

タバコを吸う理由とか、
学校でわざと悪ぶったりする理由とか、
まだ知らないことだらけだけど、
自然と話してもらえるような、そんな関係に、私は丸山くんとなりたかった。

丸山くんの心の扉の鍵を探すように、
私は背伸びして、
戸惑う丸山くんの唇に、そっとキスをした。

唇が触れた瞬間、
丸山くんは一瞬だけ躊躇した。

でもすぐに私の気持ちに応えるように屈み込み、腕の中に抱き寄せ、やわらかいその唇を重ね合わせてくれた。

唇がゆっくり離れる瞬間……
堪らなく寂しい気持ちが込み上げてきた。

「……私……あなたのこともっと知りたい」
ダメなところも良いところも、丸山くんのことなら全部知りたかった。

「どうして俺なんか……ほんと変な女。送るから、もう帰れよ……」
どうしてなのかなんて、私にもわからない。

昨日今日会ったような、丸山くんに、どうしてこんなにも強く牽かれてしまっているのだろう。

「私、まだ、帰りたくないよ……」

「なんだよそれ……どういう意味だよ?」
丸山くんが困った顔をして笑った。

「……まだ帰んねぇーなら、……あっちでやるか?」
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