正しい『玉の輿』の乗り方

空港でのプロポーズから一カ月。
樹さんの婚約者となった私は、先日ついに、あのおんボロアパートを出て、樹さんの住むコンシェルジュ付きの高級マンションへと引っ越した。

挙式を半年後に控え、まさに幸せの絶頂期。
と、言いたいところなのだけど、

「ちょっと、菜子。どうして、寝室が別なのよ? こんなに立派なベッドがあるんだから、こっちで一緒に寝ればいいじゃないの」

ゴールデンウィーク初日、樹さんのセレブチックなマンションを見たいと言って、見学に来ていた夕夏が驚いた様子で口にした。

実は夕夏の言う通り、樹さんの寝室にはダブルベッドがあるのだけど、私は使っていない部屋にわざわざ自分のシングルベッドを運び込んで、そこで一人で寝ているのだ。

「まあ、そうなんだけど。色々と事情があってね」

言葉を濁す私に夕夏がしつこく尋ねてくる。

「ねえ、菜子。もしかして、彼とのセックスに不満があるとか?」

「へっ? 別にそんなんじゃないよ」

「じゃあ、なによ? 結婚を間近に控えたラブラブカップルが寝室を別にしなきゃいけない理由って」

夕夏が目を細めて、ジッと私を見つめた。
こういう時の夕夏はとにかくしつこい。
納得するまでこの寝室から動かないだろう。
これは観念して白状するしかなさそうだ。

「だって……そのベッド」

私が小さく呟くと、夕夏は「うん」と相づちを打って再び私を見つめた。

「そのベッドはね……樹さんと彩乃さんが愛し合ったベッドだから。例え過去のことでもムリなの。使いたくないし、見たくないの」

そう。
元婚約者だった彩乃さんが、このマンションを訪れていたのは事実だし、二人には体の関係だってあったはずだ。

『樹さんならシャワー中ですけど』

このベッドを見る度に、あの時の彩乃さんの言葉が蘇ってどうにかなりそうになる。

だから私は、佳子に譲るつもりでいた自分のベッドを、『使い慣れたベッドの方がよく眠れるから』という嘘の理由で運び込んだのだ。

素直に理由を打ち明けて『処分して』と頼めば済む話なのだけど、くだらないことでヤキモチを妬いてる自分を見せるのが嫌で、なかなか言い出せずにいた。

『今日はこっちのベッドで寝ないか?』

そんな樹さんの誘いも適当な理由をつけては拒み、頑なに寝室へは近づかなかった。

そんなことをしているうちに、樹さんの態度も素っ気なくなり、私に一切触れてこなくなってしまった。気づけば、もう何日も抱かれていない。

今日だって、行き先も告げずに朝から出かけてしまったし。

このままじゃ、結婚式を挙げる前に関係が冷えきってしまうかもしれない。

「私……どうしたらいいんだろう。本当のことを話すべきだって分かってるけど、嫉妬深い女だと思われて引かれるのが怖い。でも、今のままじゃどんどん樹さんが離れていっちゃう気がして」

不安でいっぱいになり弱々しく呟くと、夕夏がクスクス笑い出した。

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