クールな次期社長と愛されオフィス
「すごく嬉しい!だって、私の大好きなこのマスターのお店を引き継げるなんて」

マスターは私の言葉を聞くと、ホッとしたような表情で頷いた。

「いやー、よかったよ。内心断られるんじゃないかってヒヤヒヤしていた。こんな下町の古い店、アコちゃんみたいに若い人にはどうかなぁと思っていたからねぇ」

「場所も店の広さも丁度よくて。店舗を借りるだけでもかなりの費用がかかってしまう中、このまま引き継げるのは本当にありがたいです」

私はマスターに何度も頭を下げ、マスターも嬉しそうにそんな私の肩に優しく手を置いて頷いた。

自分のカフェを持つ夢が手の届くところまで来た喜びに胸が震える。

内装も少しのリフォームでそのまま使えそうだし。

初期費用も、あともう少し貯めれば目処が立ちそうな気がした。

こんな時、湊がそばにいてくれたら一緒にこの喜びを分かち合えたのに。

そばにいて欲しかった。

すーっと胸の奥に冷たい風が吹き込む。

湊からはあの日以降連絡がない。

ずっとニューヨークなのだろうか。

必ず戻ってくるから、と言った湊の言葉を信じて今日まできた。

だけど、一ヶ月声を聞いていないとさすがに不安になる。

ひょっとしたら、このままもう会えないのかもしれないって。

湊とは所詮住む世界が違うとわかってそばにいたから、当然といえば当然の成りゆきなのかもしれない。

だけど、きっともう会えなくなっても、私の心の中には湊が消えることはないだろうって思っていた。

それは決意とかそんな固っ苦しいものではなくて、私にとっては自然な気持ちで。

湊がこの先の私の人生、ずっと私の支えになり続けることは出会った時からわかっていたような気がする。

こんなおこがましいこと、とても湊の前では言えないけれど。






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