君を愛で満たしたい~御曹司のとろ甘な溺愛~
「待ってください」


私はとっさにその人を止めた。

彼女にどこかで会ったことがある。
必死に記憶を手繰り寄せ、昨年一緒にバーベキューをした彼の会社の人の中にいたことを思い出した。

それは、疑惑が確信に変わった瞬間だった。


「なんですか? 急ぎますので」


彼女はそそくさとエレベーターに乗ろうとするが、私は手を引く。


「どのお宅に用があったんです?」
「えっ……。なんのことですか?」


絶対に視線を合わせない彼女を見て、絶望が襲ってくる。


「哲也の会社の方ですね。どうして慌てて帰られるんです? ブラウスのボタン、ひとつずれていますよ」


はったりだった。
けれども彼女は顔色をなくし、胸元を押さえる。


「冗談です」


自分でも驚くくらい冷静に話をしていた。

仕事で数々の修羅場を経験して、なにか不具合があったときにもポーカーフェイスで対処できるようになった。
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