君のいた時を愛して~ I Love You ~
 病院帰りにスーパーにより、部屋に戻ったサチはベッドに横になると天井を見上げた。
 病院疲れというものだろうか、スーパーで食材を見ても献立を考えつかなかったサチは、病院の待合室で見たテレビの健康セクションで取り上げられていた豚肉のスライスともやしを買って帰ってきた。
 豚肉は食べる直前に湯通しすればよいし、もやしは電子レンジで火を通せば、豚肉と一緒にゴマダレで食べられる。あとは、ご飯を炊くだけだからと、サチは天井を見上げながらため息をついた。
「今度も、あんなにたくさんお金かかるのかな・・・・・・」
 サチはつぶやくと目を閉じた。
 病院にかかりなれないサチからすると、健康保険があれば三割負担と言われていたので、もっと安いものだと思っていたのに、一気に二日分近くのバイト代が飛んでいくとは想像もしていなかった。
 サチとしては、コータの配偶者で扶養家族になったとはいえ、自分の治療費は自分のバイト代で払いたいと思っていた。だから、次回も同じくらいお金がかかるのではと思うと、病院への足が遠のきそうになった。
 そんなことを考えているうちに、サチの意識は薄れ、眠りの中に落ちていった。


 バタンという扉の音に、サチが目を開けるとドアーのところにコータが立っていた。
「サチ!」
 コータは言うなり、サチのそばへと走り寄ってきた。
「コータ、おかえりなさい」
 サチが言うと、コータは安心したように息をついた。
「サチ、病院から帰ったら連絡してくれるって約束しただろ?」
 コータの言葉に、サチは今思い出したという顔をして、コータに謝った。
「ごめんね、コータ。病院に行ったら疲れちゃって、それで横になったら、寝ちゃったの。ごめんなさい」
 サチが謝ると、コータはサチをしっかりと抱きしめた。
「よかった。病院で何かあったのかと思って、仕事中もずっとPHSを見てて、今日は仕事にならなかったよ」
 コータは言うと、サチの頬にキスを落としてから、着替えを始めた。
「すぐに、夕飯の支度をするね。コータ、着替えたら、お鍋にお湯を沸かしてくれる?」
「ああ、わかった」
 サチはコータの返事を聞くと、もやしをもって共同キッチンへと向かい、手早くもやしの準備をした。
 部屋に戻ったサチはコータにもやしを渡して器に盛ってもらい、その間に手早く豚肉を湯通しした。
 甲斐甲斐しく働くサチを見ながら、コータはサチの体が万全でない状態なのに、サチに料理をさせている自分が不甲斐なかった。

(・・・・・・・・俺にもっと稼ぎがあったら、そうしたらサチをこんな辛い状況で働かせたり、炊事をさせたりしなくて済むのに・・・・・・・・)

 コータは考えながら、頭の中で預金を計算した。
 長い間、不安定な生活を続けていたコータだから、何かあった時のためにこっそりと、そして少しずつ、貯蓄というにはおこがましいくらいの少額ずつではあったが蓄えていた。将来などという大それたことを考えるのを止めれば、サチが元気になるまで大将の店の仕事を休ませたり、デリバリーや弁当を買ってくるというような贅沢をして過ごすことはできる。

「できたよ」
 サチに声を掛けられ、コータは目の前に並べられたもやしと豚肉を見つめ、何かが足りないと感じた。
「あっ!」
 次の瞬間、サチが声を上げた。
「どうしたサチ?」
「どうしよう。ご飯炊くの忘れちゃった・・・・・・」
 サチの言葉に、卓袱台の上に茶碗が出ていないのだと、コータも気付いた。
「心配しなくていいよ。もやしがたくさんあるから、炭水化物がなくても夕飯になるよ」
 コータは笑って見せた。
「でもコータ、ご飯ないと困るよね」
 サチは困ったように言った。
「だから、大丈夫だよ」
 コータは言うと『いただきます』と言って箸を取った。
「あ、コータ、ずるい」
 サチは言うと、向かいに座って自分も箸を取った。
「美味しい! これって、豚しゃぶとかいうのかな?」
 コータの言葉に、サチは病院の待合室に置かれていたテレビで放送されていた、健康に良い簡単料理の一つだと説明した。
「そうだ、病院、どうだった? もし、疲れすぎなら、しばらく大将のところ休ませて貰った方が良いんじゃないか?」
 コータの言葉に、サチは頭を大きく横に振った。
「大丈夫。血液検査のために血を取ったけど、結果はまだ先だし。それに、病院ってすごくお金かかるの、びっくりしちゃった。だから、仕事は続けるよ、安心してね」
 サチの『安心してね』は、コータには不安でたまらなかった。
「そっか、血液検査か・・・・・・」
 コータは言うと、豚肉を口に運んだ。
「一週間くらいで結果が出るって。だから、また行かないといけないんだ」
 サチは言うと、ため息をついた。
「次の診察の後は、ちゃんと連絡くれよ。もう、心配で、心配で、仕事にならないから」
 コータが言うと、サチは胸が苦しくなるほど幸せで、思わず涙が出そうになった。
「ありがとう、コータ。あたし、コータのお嫁さんになれて、すごく幸せだよ」
 思わず口をついて出た言葉に、コータは表情を曇らせた。
「なんでそんなこと言うんだよ。まだ、幸せの入り口なんだぞ。これから、もっと、もっと、もっと二人で幸せになる、そう決めただろ」
「うん、そうだね」
 サチは答えると、笑顔を見せた。
「そう、その笑顔。その笑顔が見れないと、俺、すごく不安になるんだ」
 コータは言うと、涙を堪えて奥歯を噛みしめながら、豚肉を口に入れた。
「この肉、すごくおいしいな。このメニュー、これから定番にしよう。夜遅くに炭水化物食べないからヘルシーだし、俺にも作れるから」
 コータの言葉を聞きながら、サチももやしと肉を交互に口に運んだ。
「今日は、遅いから銭湯行けないな・・・・・・」
 先に食べ終わったコータは時計を見ながら言った。
「大丈夫。なんか、腕に針を刺されたし、お風呂入るの怖いもん」
「えっ、そこからお風呂のお湯が入るとか?」
 コータがからかうように言った。
「んもう、コータったら。あたしだって、そこまで馬鹿じゃないから!」
 サチは言うと口を尖らせたが、コータはサチをぎゅっと抱きしめた。
「サチ、愛してる」
 コータの言葉に、サチの頬が染まった。
「コータ」
 サチはコータの胸に顔をうずめた。

☆☆☆

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