君のいた時を愛して~ I Love You ~
三十六
 大将の店のメンバー全員が協力してくれただけでなく、リサイクルショップの大槻さんは年齢的に難しかったので、息子の彬さんが代わりにドナー登録してくれたが、サチのドナーは見つからなかった。
 アパートのみんなも、あの手この手で年齢を偽って登録しようとしては、玉砕して登録を断念したが、その代わり、おばさんパワー全開で、あちこちでビラ配りをしてドナーを募ってくれた。しかし、その行動は正式なものではなく、非認可の違法行為となり、警察のお世話になってしまったり、骨髄バンクの正規の活動の妨げになるとの抗議を受け、サチとコータ二人で皆を説得して活動を止めてもらった。

 毎日、サチが衰えていくようで、コータは怖くて怖くて仕方がなかった。それでも、ドナーが見つかったらすぐに入院できるようにと、仕事の休みの日には金策に走り回っていた。
 しかし、契約社員になったとはいえ、コータにお金を貸してくれるところは見つからなかった。

 その日、怠そうなサチに朝食を作り、コータは仕事のやり残しがあるので出勤すると嘘をついて部屋を出た。
 向かう先は、とりあえず駅のそばにある一杯百七十円でコーヒーの飲めるチェーン店だ。
 金策に苦しむ姿はサチに見られたくなかったし、サチの母に手紙を書こうかどうか悩む姿もサチには見られたくなかった。
 あのサチの拒絶反応と、いきなり部屋に殴り込みのように入ってきたサチの母とその情夫のことを思い出すと、もし助けてもらったとしても、そのことで後からサチがどれほど苦しめられるかわからない。そう思うと、やはりコータにはサチの母に連絡することはできなかった。
 そして、入院一時金。ゆうに車一台分の金額だった。それほどのお金があれば、もっとサチに楽をさせることができただろうにと、コータは思い出しては大きなため息をついた。
 大将は、どうしても困ったら、自分のところに来いと言ってくれたが、その言葉に甘えて何もしないわけにはいかなかった。
 コータは同じことをぐるぐると何度も何度も考えた後、一口も口をつけていないコーヒーをトレイと共に返却口に置くと店を後にした。
 これから向かう先は、コータが一番行きたくない場所だった。

☆☆☆

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